冷たい雨の降る夜だから
 お風呂を上がった時には、藍からもらった自分の好きな服を着たい気持ちも、先生に抱きしめてもらった安心感も、何もかも全部失ってしまって私の心は不安の塊になっていた。

「髪、乾かしてやるからこっち来な」

 あまり働かない頭のまま、先生の近くに行くと、先生の脚の間に座らされた。

「のぼせたか?」

 あまりにもぼんやりしていたからか、先生に顔をのぞき込まれて慌てて首を横に振った。先生の手がくしゃくしゃと私の頭を撫でて、そのままドライヤーの音が響き始める。先生の長い指が、心地良く髪を梳いていくのが心地よくて目を伏せると、お風呂で考えていた事の続きがぐるぐると頭の中で回り出す。 

「ねぇ、せんせ。大丈夫って……どういうことかな…」

 ぽつりと零れた微かな声は、ドライヤーの音にかき消されて先生までは届かない。

 先生の事が好き。先生の傍に居たい。だけど、先輩にされた行為を思い出すだけで、大丈夫と言う気持ちはあっさりと恐怖に押しつぶされてしまう。

 ドライヤーの音が止んで、視線を落とすと濡れていた髪は殆ど乾いていた。

「先生」

「ん?」

 聞き返してくれた先生に、さっき言った事をもう一度聞くことはできなくて、視線を逸らしてしまった。そのかわり、先生の胸に頭を預ける。

「髪、こんなもんでいいか?」

「うん、ありがと」

 背中から先生の腕が回ってきて、ぎゅっと抱きしめられる。

「どうした?」

「……」

「なんか、言いたそうだったけど」

 話したいことはあるのだけど、その話をどう切り出したらいいのかもわからないし、面と向かって話した後、どうなるのかわからなくて怖かった。
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