冷たい雨の降る夜だから
 肩を抱いてくれてた先生の手は、ゆっくり私の首元を撫でて、指先でツーッとルームウェアの襟元を伝う。たったそれだけなのに、ピクッと身体が震えた。

 先生の手がもっとあちこち触れるのを思うと、身体の芯がきゅうっとなる。先生は先輩とは違う。首筋をそっとなぞる指先に、心臓が不安とは違う音色で跳ねる。

 だけど、同時に身体とは全く別の事を思う心が一気にブレーキをかけてくる。大丈夫と言って出来なかったら、先生に嫌われちゃう? 先輩みたいに、もう要らないって…先生にも言われちゃう? 考えただけでも冷え切っていく心はそのまま心臓も凍らせていく。

 もっとくっついてたい。もっともっと触って欲しい。でも、怖い。怖くて怖くて堪らない。

 相反する気持ちが同居していて、バラバラになりそうな心をたった一つの気持ちが繋ぎとめていた。


 先生、お願い。私のこと嫌いにならないで。


 私の首元に頭を預けていた先生は、ため息にも近い吐息をついて、抱きしめていた私を引き離すようにして立ち上がった。

「寝るぞ」

 その声を聞いた私に襲い掛かるのは、背中に触れていた心地良い温もりを失った、寂しい気持ち。先生は隣に居るのに、一人ぼっちで置いてきぼりにされたような気がした。あまりの寂しさに涙があふれそうになる。

「翠?」

 先生に呼ばれたけど、顔を上げたら泣いてるのがばれると思うと顔を上げる事すら出来なかった。

「どうした?」

 膝をついて私を覗き込んできた先生の両手で頬を包み込まれた。

「何で泣いてんの?」

 そう言った先生の表情は辛そうで、尚更申し訳なくなる。先生は凄く私に気を使ってくれてる。わかってる。わかってるの。私がちゃんと考えられてないだけだって、わかってる。
< 120 / 139 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop