冷たい雨の降る夜だから
 こつんと先生の額が私の額にぶつかる。それだけ近くにいるはずなのに、先生の表情は涙で滲んで何もわからなかった。

「翠、お前さ、俺と居るの辛い?」

 先生の言葉に背筋が凍って、頑張って堪えようとしていた涙が溢れ出した。

「……んで?」

 辛くなんてない。先生に会いたくて会いたくて堪らなくて。やっと会えて、もっともっと抱きしめて欲しいのに。一緒に居るのが辛いなんて、考えたこともなかった。

「……泣かせてばっかだから。俺と居ると、忘れたい事も思い出させてんじゃないかって、お前が泣くたびに、不安になる」

 先生の言葉を聞いて、藍に言われた事を、思い出した。

『お姉はさー、昔っから要領悪いよねー。お母さんになんか頼むのもタイミング悪いって言うかさ。遠慮して言いそびれたりとかさ』

 お母さんにだけじゃない。きっと、先生にも…友達にも…話したらいいことを言えないでいた。私が何も言わないから…先生は余計に気を使ってくれるんだ。

「違うの……違うの」

「違う?」

「違うの…。そん……とな……の。もっと……たいの」

「ごめん、聞こえない」

 ごしごしと目を擦って、何度か深呼吸をして息を整える。

「あのね……ぎゅってしたいの。キスもしたいの。先生は大丈夫になったらでいいって言ってくれたけど…でも、私……大丈夫ってよくわかんなくて」

「うん」

 答えてくれる先生の顔を見られなかった。先生は凄く優しいのに。凄く私に気を使ってくれてるって、わかってるのに。それなのに私は、そんな先生に大丈夫ときちんと言うことすら出来ないのだから。

「絶対大丈夫って、言える自信全然なくて……。でも……先生となら大丈夫だといいなって……思うの。ちゃんと……できたらいいなって」

 言い終わる前に、私の身体は強く引っ張られた。
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