冷たい雨の降る夜だから
 後頭部を抑える、大きな手。背中に触れる腕の感触。頬をくすぐる先生の髪。大好きな先生の匂い。抱きしめられたあったかい胸。迷わないで先生の背中に腕を回してしがみついた。

 先生の吐息が耳をくすぐる。今度のそれは、安堵の吐息のように優しく感じられて、その後に囁くような先生の声。

「翠、最後の、もっかい言って」

 恥ずかしくてためらってると、耳元でもう一度囁かれる。

「聞き間違いだといやだから…もう一回言って」

「先生と……はぅ、はずかし……」

 あまりの恥ずかしさに先生の肩に顔を埋めてしまう。そんな私の耳元で先生はクスクス笑う。

「聞かせて」

 私の髪を撫でながら囁くようにいう声音は、嬉しそうな笑みを含んでいる。絶対、ちゃんと聞いてたくせに。

「先生、意地悪」

 小さく漏らすと、ふっと先生が笑う。

「言わなきゃ ちゅーしてやんない」

 12歳も年上で、いい歳した大人なのにそんな子供みたいな言い方にきっと鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてしまったと思う。それでも……してもらえないのは、嫌だと思ってしまう。

 しばらく躊躇って先生の首筋に顔をうずめてから、漸く少し顔を上げて先生の耳元に唇を寄せる。

「先生と…ちゃんと…できたら嬉しい」

 あまりの恥ずかしさに、小声で耳元で囁いた後、先生の首筋に思い切りしがみついた。

「俺しか居ないのに小声で言う意味あんのか?」

 笑って言われたけれど、こんなことを改めて言わせる方が悪いと思う。

「翠、ご褒美あげるから顔上げな」

 ご褒美? と思うよりも早く頬に手を添えられて唇がふさがれる。離れるのが嫌で先生の首に腕を回してしがみついた私に、先生は何度もキスをくれた。

「この先は、そのうちな。無理しないで出来そうな時に」

 先生の言葉に頷いて、先生の胸に顔を埋めた。その言葉に凄く、安心した。今すぐしようって、押し倒される覚悟でいたけれど、無理しないで良いと言ってくれるのは凄く嬉しい。焦らなくても、ゆっくり進んでいけたらいい。
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