冷たい雨の降る夜だから

 目が覚めたものの、あまりの身体の重さに視線だけをぼんやりと窓辺に向けるとカーテン越しに窓から入ってくる光は朝のものとは角度が全く違った。お昼頃になっているなら早く起きないとと体を起こそうとしたものの、腕に力が入らなくて起き上がる事すら出来ずにそのままベッドに崩れ落ちてしまう。

 そんな私の視界に微かに入っていた先生の腕が動いて、私の身体を力強く抱き寄せる。私の背中に触れる先生の肌の感触が、昨夜の出来事が夢ではないのだと教えてくれた。

「ごめん、無理させたな」

 すぐ耳元で聞こえてきた優しい声に、首を横に振った。そんなことない。凄く優しく抱いてくれた。

 私はいざとなったらすっかり怯えてしまったのに。私の記憶の中のあの行為は、無力感と絶望感の中で痛みと異物感に耐えて、ただひたすらに早く終わることを願う時間でしかなかったから。

 それでも先生は、たくさん時間をかけて私の不安を取り除きながら抱いてくれた。言葉はないのに「好き」とたくさんたくさん……言われた気がした。先生に抱かれるのは、私の記憶の中のあの行為とは全く違った。先生とするのは、間違いなく恋人同士の、最上級の愛情確認だった。

 私を背後から抱き締めている先生の唇が、私の首筋に触れて思わず肩を竦めると先生の手が私の頭をそっと撫でる。そのまま私の手の上に重ねられた先生の手の甲には、いくつものひっかき傷が残っていた。

「ごめんなさい」

 先生の手に頬を寄せて言うと、「ん?」と声が返ってくる。

「手、痛かったでしょ?」

 昨夜、私がずっと手を握りしめていたのを見かねたのか、先生は手が空く限り私と手を繋いでいてくれた。だから、先生の手には私の爪の跡が残っていた。

「平気。背中の方が凄そう」

 クスリと笑って先生が答えたその意味が判るや否や、頬が一気に熱くなる。確かに先生の背中にも、散々爪を立てた。「ごめんなさい」と消え入りそうな声で謝る私を先生はクスクスと笑う。

< 124 / 139 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop