冷たい雨の降る夜だから
 鞄の中に入っていたスマホが震えた気がして、開くとメッセージが届いていた。

『今から屋上来れる?』

 スマホを手に足を止めた私の傍らの夏帆が小声で「ごめん、見えちゃった」と謝るから、「大丈夫」と横に振る。メッセージは、菊池君からだった。

 そっと画面をタップして、返信メッセージを打とうとしたら新しい友達を登録した旨の表示が出てきた。私が返事を返すのを見ていた夏帆が、小声で囁く。

「大丈夫?」

 心配そうな夏帆に頷くと、夏帆が僅かに微笑む。いってらっしゃい、と言ってもらえた気がした。

 会社の入っているビルの屋上は、小さな箱庭のような庭園になっている。暖かい日は時々屋上でご飯を食べたりするけれど、今日はあいにくの曇り空で風が冷たかった。東屋のベンチに菊池君の姿を認めると、向こうも気づいたのか片手を上げた。

「自分で来いって言っといて、来ると思ってなかった」

 苦笑した菊池君に、どう返したらいいのか迷っていると、菊池君は続きをさっさと話しだす。

「彼氏居るってマジだったんだ」

「うん」

「どんな奴?」

 先ほどさやか達にされたのと同じ質問に、どう答えるか少し考えてからゆっくりと答える。

「一緒に居て、安心する人」

 私の答えに、ははっと菊池君が笑う。

「それ、俺勝ち目無さ過ぎるだろ。ごめんな、別に怖がらせたかったわけでもなかったんだけど。多分、夏には海外になるからその前にちゃんと仲直りっつうか、普通の同期に戻っておきたかったっていうか」

「海外、行くの?」

 うちの会社は、一応海外拠点もある。治安が悪い所もあるから、女子は希望を出さない限り海外勤務は無いけれど、男子はほぼ全員一度は海外勤務が入る。

「うん。どこかは聞いてないけど」

「そっか……。同期で初だね」

「優秀だからな」

 照れ隠しの様にそっぽを向いて、スーツのポケットに手を突っ込んだ菊池君は、何かポケットから取り出した。

「北川。これやるわ」

 ぽいっと放られてきたのは、コンビニでよく売っている小さな四角いチョコレートの苺味。 

「俺、こういう香料っぽい苺味苦手なんだよな」

 なんだか可愛い理由に、小さく笑みがこぼれた。「ありがとう」という私の言葉を攫う様に、冷たい風が私たちの間を吹き抜けていった。
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