冷たい雨の降る夜だから
「わ。なにこれ?」

 先生の家に着いて、私はびっくりして思わず声をもらした。本棚の本が紐で縛ってあったり、箱につめてあったり。まるで、引越しでもするみたいだったから。

「あぁ、ちょっと片付けてた。ついでに引越し準備しといてもいいかと思って」

「先生、転勤するの?!」

 遠くに言っちゃうの?! と弾かれた様に傍らの先生を見上げる。

「今言われてないってことは転勤はしないはず。多分。これから言われるる可能性も0じゃないけど」

「え、じゃぁなんで?」

「なんでって。お前、別居婚するつもり?」

 ベッキョコン…? 一瞬、その言葉を頭の中で変換できなくて、一拍遅れてから「えぇ?!」と声を上げた。その意味は理解できた私だけど、まさかそんなすぐとか思ってなかったというのが本音。

「ここじゃお前1人で帰ってくるの大変だろ。バスじゃ時間かかるし。俺の仕事終わるまでいつも待たせるわけにもいかないし。大体、駅まで送り迎え行くのめんどくせーし」

 先生の言葉を聞きながらも、あまりにも実感が無くてぽかんとしてしまう。

「あ、クローゼットの衣装ケース幾つかあけたから、使って良いぞ」

「え?」

 相変わらず言われた事を把握できていない私に、先生の呆れた視線が突き刺さる。

「だから、お前の服。家においてある分ちゃんとしまえよ」

 先生は、さっきから頭の回転が滞っている私に完全に呆れているけれど、私の頭は未だに話の流れについていけていない。先生の言葉が右から左へ流れていくだけ。

「今度、部屋探しにいくからな」

 部屋探し? 本当に? 頭の中ではいろいろな単語が?マークと一緒に踊っていたけれど、私はとりあえず頷いた。

「ふ、服片付けてくる」

 足元がふわふわするようなそんな感覚で寝室に入って、自分の服が入っている籠の前にペタンと座り込んだ。確かに嫁においでと言ってもらっていたけど、何となく勝手に“近い将来”とか“そのうち”とか漠然と思っていたのだ。まさか、そんなすぐに引っ越すなんて。
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