冷たい雨の降る夜だから
「お呼びだぞ」

「……うん」

 こう言って見つめ合った時は、お互いに物足りない顔をしてたと思う。

 スマホを見ると美咲から『どこ行ったのー?』とメッセージが入っていた。すぐに職員玄関に行くよと返して、先生が差し出してくれた手を取って立ち上がった。

 この場所と先生が名残惜しくて、一度だけ、背伸びして先生と軽くキスをする。

「見送り行ってやるよ」

 そう先生が言ってくれたので、先生と一緒に職員玄関に歩き出した。美咲と圭ちゃんはまだ職員玄関には来ていなくて、先生と話しているとすぐに階段から二人の声が響いてきた。

「あ、翠。どこ行ってたの?」

「あれ?新島先生だ」

 不思議そうに先生を見たのは圭ちゃん。先生は、圭ちゃんが誰かわかっていない様子で、顔に思いっきり「誰こいつ」って書いてあって笑ってしまった。

「先生、男子バレー部の顧問してたじゃないですか。私、バレー部だったので、時々見かけてて-」

「あぁ、やってた。試合や遠征のときしか行ってなかったけど」

 そういえば、昔バレー部の顧問だと言っていた。大抵放課後は部活には行ってなかったけど。

「翠、新島先生と仲良かったの?」

「うん、一応」

 今お付き合いしている人です、とは言って良いのかわからなくて、とっさに言葉を濁してしまった。

「そうなんだ。意外。新島先生って女嫌いなんじゃって話になってたから」

 へぇ? そうなんだ? ちょっとあとで圭ちゃんに詳しく聞いてみよう、と思いながら先生を見上げる。

「なんだよ」

「なんでもないでーす」

 先生の少し不機嫌そうな声に、にこーっと笑って応戦した。なんだかいつも勝てない先生に勝てた気分。圭ちゃんに色々聞いて、後でからかっちゃおう。のんきにそんな事を考えながら靴を履いている私の背中に、先生の声が届いた。

「翠。お前、今日も俺んとこに帰ってくるなら門限10時な」

目が点になるって言うのは、こういうことだと思う。

「遅くても9時半までには電話よこせよ。過ぎたら迎えいかねーぞ」

 わかったか? と言う様に悠然と微笑む先生に、私はぽかんと口をあけてしまう。頭の中で返す言葉をさがしているのに、なかなか出てこない。

 だって、だって、美咲と圭ちゃん居る前でそんな事堂々といわなくたって!

「そ、それ今言う?! メールとかでいいじゃん?!」

 やっと出てきた言葉に、先生はさも面白そうに喉を鳴らして笑う。

「そりゃぁ」

 先生は私の後ろに居る美咲と圭ちゃんに視線を投げた後、私を見てにやりと口角を上げた。

「今言うのが一番おもしろそーだからに決まってんだろ? じゃ、いってらっしゃい」

 ひらひらと手を振って、階段を登っていく先生を呆然と見送った後。振り返ると、ぽかんとしてる美咲と圭ちゃん。
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