冷たい雨の降る夜だから


 返って来た化学のテストを眺めながら翠は満足げに笑みを浮かべた。文系で進学クラスでもないこのクラス、女子クラスで化学を好きと言う子はあまり多くない。翠もその例に漏れず、去年までの化学のテストはまぁ良くて70点そこそこだった。

 だけど、今回は違う。クラス最高点を取って、翠はご満悦だった。

 それもこれも、新島せんせにテスト前に教えてもらってた賜物だもんね。

 試験前の期間、翠は毎日6時までという制限つきではあったが物理実験準備室で勉強をしていて、時には新島に教えてもらっていた。はっきり言って放課後に新島に教えてもらった方が、化学の先生の授業を聞くより判りやすかった。数学だってそうだ。いつもは赤点をぎりぎり回避している程度だったのに、今回は平均点を超えた。

「すーい」

 うきうきと鞄を持って物理実験準備室に行こうとした翠を美咲が呼び止めた。
 
「何ー?」

 美咲は、女の子の翠から見ても綺麗な子だ。なんといっても去年の文化祭のミスコンクイーンなんだから。学校でも目立つ美人の美咲は、高校に入学してから一番に仲良くなった翠の親友の1人だった。その綺麗な顔にどこか含みがある笑みを浮かべて、美咲はにっこり笑う。

「ちょーっと付き合ってくれる?」

「いいけど…」

 美咲が翠を連れだって連れて来たのは、2年の教室の一番奥。2階に降りる階段だった。

 こんなところに何の用…?

 階段の踊り場に1人の男子生徒の姿を認めて、翠はいやな予感を感じて傍らの美咲を見たけれど、翠の視線に気付かずに美咲はその男子生徒に声をかける。

「渡辺ー、連れてきたよ」

「おう、さんきゅ」

 振り返ったその男子生徒は、日焼けした肌と屈託のない笑顔が印象的な人だった。

「んじゃ、私はこれで失礼しまーす」

 帰ろうとした美咲の腕を翠は慌てて掴んだ。

「ちょっと、美咲?!」

「だって、渡辺が翠と話したいって言うから」

 詫びれた様子も無く言う美咲に翠は口を尖らせた。

「そんな怒る事無いじゃない。だって翠今フリーでしょ?」

 フリーだとかそういう問題じゃない。翠は美咲に道又とのことを一切話していなかったことを悔やんだ。だが、恥ずかしげも無く人に話せるようなことでもないし、道又の事は翠の中でもまだ全く消化出来ていなかった。

 答えられない翠の言葉を肯定と取ったのか美咲はにっこりと笑う。

「あ、もうちょい紹介していこうか。ウチの部活の渡辺大輔ね。いいやつだからちょっと友達になってみなって」

 ね?と気楽に美咲は翠の肩をたたいて、軽快にその場を後にした。

 …ちょ…っ美咲…!!!! しかもそれ、特に紹介にもなってないし。

 声にならない声は美咲に届くわけもなく、大輔と二人残されて、翠はため息をついた。
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