冷たい雨の降る夜だから
「……で?何で毎日来るんだ?」

 そう言って翠を冷たく見下ろす新島を、不満たっぷりの気分で翠は見上げた。

「仲良く毎日一緒に帰ってんだろ?渡辺と」

 翠は実験台の上に広げていた教科書やノートの上に突っ伏したまま乗せて不機嫌に頬を膨らませた。

「だって、ここスキなんだもん」

 そう答えた翠は、何度目か判らないため息をついてから、渋々と顔を上げて教科書を広げる。勉強をしてたら、取りあえず下校時刻までは居させてくれるのはこの数ヶ月で判っている。

 翠は新島と過ごす放課後のこの時間が、好きだった。今まで部活をしていた時間で宿題を済ますと、家に帰ってからの時間が凄く平和でのんびり出来る。苦手な数学や化学のわからないところは新島に聞けば教えてくれるから、家で1人でやるより断然効率もいい。

 正直、翠は何故新島が物理教師なのか疑問だった。物理の先生のはずなのに、チラリと教科書を眺めて数学も化学も解説してくれる。化学も数学も全部新島先生が教えたらいいじゃん。と思っていた。

 もしも、毎日一緒に帰るのが大輔じゃなく新島だったら、こんな悶々とした気持ちにならないのに。車で送ってくれるし、ちょっと遅くまで待っていないといけないけれど、それも特に辛いと感じない。

 そんなことを考えながら新島を横目で見ると、今日はレポートを見ているのか、机に積み上げられたレポート用紙の束を見ながら時々何か書き込んでいる。

 眼鏡の奥の伏目がちな瞳は、少し切れ長で鋭い。愛想が良いわけじゃない。黙ってるとちょっと怖そうに見えるけど、その目が時々優しく笑ってくれるのを翠は知ってる。

 会話は無いけれど居心地のいい時間を、翠の携帯が鞄の中で震える音が断ち切った。腕時計で時間を確認した新島は、翠を見ずに告げる。

「ほれ、さっさと帰れ」

 そんな意地悪言わないでよ。折角先生の良いとこ考えてたのに、と翠は頬を膨らませて新島を睨んだけれど、相変わらず新島は顔を上げなかった。
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