冷たい雨の降る夜だから
 その次の日も翠は大輔の部活が終わるまで、新島に文句を言われながらも物理実験準備室で過ごして時間を潰していた。

 翠は結局四月に部活をやめてしまっていたけれど、それを親にも、友達にも言っていない。親友だと思っている友達にも、部活をやめたことを言い出せずにいた。だから、大輔は翠をバドミントン部だと思っていて、部活が終わったら一緒に帰ろうと声をかけてくれる。翠が、わざわざ時間を潰しているなんてことは、考えても居ないだろう。

 翠が部活をやめた事を知っているのは、部活のメンバーを除けば新島だけだった。

 あの事があった二月はとてもじゃないけれぼ部活に行ける気持ちになれなくて、三月はそのまま休部にしてもらっていた。

 四月、久しぶりに部活をやっている中体育館に行ったものの、足が震えて中に入る事すら出来なかった。具合が悪いと話して保健室に行ったものの、保健室には丁度ケガをした野球部の男子生徒が居て、とてもじゃないけれど気持ちが休まるどころではなかった。結局泣きながらたどり着いたのは、新島のいる物理実験準備室だったのだ。

 新島はぐずぐずと泣く翠の頭をくしゃくしゃと撫でて「やめっちまえよ」とあっさりと言った。

 部活をやめてから翠は、放課後は物理実験準備室に文字通り入り浸るようになった。宿題を片付けたり、授業で判らなかったところを新島に聞いたり。時にはちょっとお昼寝したりしていると、帰る時間は部活をやっていたころと殆ど変わらない。多分親にも、他の友達にもばれていないと思っていた。

 一人で帰るときは、運動部が終わる時間帯よりも少し早めに学校を出ていたから大丈夫だったけれど、大輔と一緒に帰るとなると部活の友達と会う可能性も格段に高くなる。男子と二人なだけでも酷く不安に感じるのに加えて、部活の友達に会ってしまう事への不安で、大輔と帰る下校時間は翠にとってとても大きな不安と緊張の時間になっていた。

「翠……そのさ、焦るつもりは無いんだけどさ、その……」

 普段は快活に話す大輔が、珍しく言いよどむのを聞きながら翠は大輔を見上げた。

「もし、嫌じゃなかったら……ちゃんと付き合ってくれないかな」

 いつかは言われるんじゃないかと思っていたけれど、その言葉はいざ言われると、想像よりも遥かに重く感じられた。


 たとえるなら、空が落ちてくるような。


 世界が全て終わってしまうような、そんな気がした。
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