冷たい雨の降る夜だから
冷たい雨
固い机に臥せて寝ている私の頭をくしゃくしゃと大きな手が撫でてくれる。それが心地よくて、私は、猫のようにその手にすりよった。視線を上げると目があったその手の主は、時々しか見せてくれない優しい微笑みをくれる。
リズミカルに響くペンが紙の上を滑っていく音を聞きながらぼんやりとしていると、頭の中でこれは夢だと冷静な声が聞こえてくるけれど、それでもよかった。この夢に囚われるなら、永遠に夢の中でもいいと思った。心地いい時間がゆっくり過ぎる。温かくて、安心して、幸せな時間。
頬を伝う安堵の涙を拭って…目が覚めた。
暗い部屋の中で響くのは、パタパタと雨粒が屋根に当たる音。カーテン越しに感じる夜の気配は、朝がまだ遠い事を教えてくれていた。眠りなおさないと、そう思って寝返りを打つと布団と身体の間に冷たい空気が入り込んで、心地よい夢の余韻を奪っていく。
夢とは思えない程リアルに思い出せる頭を撫でてくれる大きな手の感触。記憶の中のあの部屋は、いつも日陰で薄暗いのに、夢のなかでは日溜まりみたいに温かい。
温かくて優しいあの場所に、もう戻れないのを知っている。
溢れる涙を押さえつけるように目を伏せた。今日も会社に行かなきゃいけないんだから。泣き腫らした顔でなんて行けないんだから。ぐっとお腹に力を入れて自分を叱咤しても、夢の中の幸せな時間に涙腺はすっかり緩んでいて、止めどなく涙が零れ落ちていった。