冷たい雨の降る夜だから

 大輔と会う前に新島と話していた事をずっと考えながら歩いていて、翠は上の空だった。明日……明日にはちゃんと返事するから…… 何度も自分に言い聞かせながら歩く。今日、今すぐに言葉にする勇気がなかった。

 心は決まっていたけれど、それを伝える言葉が全く出てこない。だけど、何も考えたくなくて、返事を急がないという言葉に甘えて、翠はずっと考えるのから逃げていた。

 だけど、もう明日か明後日には返事を伝えないといけない。

 なんていったら良いんだろう、どんな言葉で伝えたら大輔を怒らせたりしないで伝えられるんだろう。どんな言葉で伝えても、大輔を怒らせる気がして。そして怒らせたらどうなるのかが、ただただ怖かった。

「翠」

 不意に腕を掴んで引き寄せられて翠はビクッと肩を竦めた。大輔は驚いた様子でそんな翠を見る。

「ごめん……信号……」

 言われて初めて翠は信号が赤なのに気が付いた。大輔が腕を掴んでくれなかったら、そのまま信号に気付かずに歩いていただろう。

 「あ、あ……ごめん、あたしぼーっとしてて」

「大丈夫?体育館閉切ってて暑いから具合わるかったりしない?」

 腕を掴む腕から逃れたい気持ちが先だって、少し大輔から離れようとしたけれど、日焼けしたその手はしっかりと翠の腕を掴んでいた。体育館、そう言われて大輔が翠をまだバドミントン部だと思っていることを思い出した。

 そう、この時期の体育館はそれこそ拷問の様に暑いのだ。だけど、今の翠にはそんな事よりも『男』に腕を掴まれている事が一番の拷問だった。

「だ、大丈夫。大丈夫だから……」

 腕を離して、と翠は手でやんわりと大輔を拒絶した。そんな翠に気付いたのか漸く大輔の手が離れていく。

 それから駅までの道のりは、言葉がなくて息苦しかった。

 駅の改札を通った先でいつものように別れようとすると、大輔が口を開いた。

「翠……、あのさ。返事、急がないって言ったけど…」

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