冷たい雨の降る夜だから
 しょんぼりとしながら階段を上って翠が教室に戻ると、クラスの殆どはもう帰っていた。大輔を、待たせている。その現実がまた胸にのしかかってきた。翠はため息をついて鞄を持って、昇降口とは逆、大輔の教室のあるほうへ足を向けた。

「北川久しぶりじゃん、どしたの?」

 2年7組の教室を覗き込んだ翠に声を掛けてきたのは、バドミントン部で一緒だった矢幡だった。

 「矢幡……久しぶり。あのさ、渡辺君……」

 渡辺君いる?と聞こうとした翠の耳に、明るい大輔の声が届いた。

「翠」

「え?なにお前ら付き合ってんの?」

「え……」

 翠は答えに詰まって矢幡からも大輔からも視線をそらしてしまったけれど、翠の様子を気にせずに大輔はちょっと照れくさそうに答えた。

「へー、意外。まぁ、仲良くやんな。
北川もさ、たまには部活遊びに来なよ。いきなり運動やめっと太るぜ?」

 教室にはもう2人男子生徒が残っていたけれど、大輔を軽く冷やかして、矢幅と一緒にさっさと帰っていった。誰も居なくなった教室の中で、漸く大輔が口を開いた。

「翠、部活辞めてたの?」

「え…ええと…」

 翠はすぐには答えられずに視線を泳がせた。

「昨日…部活って言ってた…よね?」

 大輔は翠から視線をそらさずに告げる。

「嘘、ついてた?」

「嘘じゃない…嘘じゃなくて…」

「嘘じゃなくて?」

 放課後の誰も居ない教室、その状況が翠の精神を追い詰めた。

 じっと真剣に見つめてくる大輔の視線が怖かった。確かに部活を辞めたのを誰にも言ってなかった、だけどそれは嘘をつきたかったわけじゃない。

 その理由はどうしてもまだ口に出来ない。誰にも言いたくない。だから言えなかった。

 無理……やだ……もう無理……

 足がガクガクと震えて、立っているのすらままならなくなりそうだった。

「翠?どうしたの?」

 明らかに様子がおかしい翠の肩に大輔は手をかけた。
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