冷たい雨の降る夜だから
 ヤダ…ヤダ、怖い…

 この後を知ってる。この続きを知ってる。

「翠が怖がる事しないから」

 そんなのもうしてる…。

 放して。

 怖いから、お願いだから放して…。

「お願い…放して…」

頭はとっくにショートして何も考えられなくなっていて、「放して」と何度も繰り返すのが精一杯だった。

だけど、大輔の腕は緩まない。

「好きだ、翠。
放したくない。前のやつのこと忘れて、俺と付き合うって決めてくれたんだろ?」

 そんなの……そんなの、忘れられたら、こんなにならない。誰よりも忘れたいのは翠自身なのに。それでも、道又の事を怖くて忘れられない。

「放して!!」

 思い切り腕を振り払って、大輔を突き飛ばして翠は教室近くの階段を駆け下りた。

「翠!!」

 そのまま、人気の無い一年生の教室の前を駆け抜けようとした翠の腕を大輔が掴んだ。

「何で逃げるんだよ」

 思い切り抱き寄せられて、唇を塞がれた。

「!!」

 一瞬、思考が止まった。

 翠が大人しくなったからか、一度唇を離して、もう一度今度は翠の唇を割って舌が入ってくる。その行為に嫌悪感しか持っていなくて、翠は思い切り大輔の舌を噛んでいた。

「っ…!!」

 痛みに顔をしかめて大輔の腕が緩んだ隙に、大輔を振り切って翠は一年生の教室前を駆け抜けた。

 どこか逃げれる場所。隠れる場所。絶対に……助けてくれる場所。

 そんな場所、学校でひとつしか知らなかった。

 翠は北校舎への渡り廊下を駆け抜けて、オートロックの非常ドアをばたんと閉めた。これで大輔は同じドアからは入って来ることは出来なくなった。

「翠!」

 聞こえてきた声があまりにもクリアで、ドキッとしてみると、生物室の窓が開いていた。

 慌てて理系特殊教室が並ぶの廊下を駆け抜けて、一番奥にある物理実験室の更に奥、物理実験準備室に駆け込んで内鍵をかけた。

 ここの廊下側の入り口は、いつも鍵がかかってる。この部屋の鍵は、新島しかもって無い。

 だから……だからもう大丈夫……

 肩で息をしながら翠はドアに寄りかかった。今まで走ってこられたのが不思議なくらい、足の力が一気に抜けてその場に座り込んでしまう。

「翠…翠!!ごめん。悪かったよ。
翠…もうしないから…もうしないから開けて」

 大輔の声が聞こえても、翠は膝を抱えてたまま、立ち上がることもできなかった。ぼろぼろと涙が零れて止まらなかった。

 新島はまだ来ていないのか、翠が置いた手紙がそのまま机の上に残っていた。
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