冷たい雨の降る夜だから
暫くたっても大輔の影はドアの曇りガラスから消えずにそこにあった。翠が出て行くまで待っているつもりなのだろう。気持ちはどんどん追い込まれて焦るばかりで、頭は全然働かなくて、どうしたら良いのかは何も思いつかなかった。
扉の向こうから話し声が聞えて、翠は耳をそばだてた。一つは大輔の声。そしてもう一つは、新島の声だった。
新島先生はこの部屋の鍵を持っている。大輔から事情を聞けば、新島が鍵を開けざるを得ないのは判りきっていた。
先生お願い。お願いだから助けて…… 渡辺君の事、この部屋に入れないで……
言葉に出来ない願いを心の中で唱えながら、翠はぎゅっと目をきつく瞑った。案の定、ガチャガチャという鍵の音がして、すぐに準備室のドアが開いた。
「ほら、誰もいないぞ」
最初に響いたのは新島の冷めた声。
「そ、そんなはず……」
新島の声が聞こえて、鍵を開けられると思ってとっさに隠れたのは、いつも使っている実験台の下だった。入り口の反対側だから奥まで入ってきたり、屈んで覗いたりしない限り見えないはずだ。
部屋の中に入ってきて近づいてくる足音は、一つ。大輔なのか新島なのか判らないその足音を、翠は息を殺して聞いていた。そして、翠のいる実験台の前で見慣れたスニーカーが立ち止まる。
翠は零れそうになった安堵の吐息を必死に殺して、スニーカーを見つめていた。
「向こうから出たんじゃないか? 廊下の非常口開けたら外だぞ」
「あぁ……」
新島はもう一つある廊下に面したドアを指して言った様だった。
「事情は知らんがここには居ないし、電話ででも話すんだな。もう下校時刻は過ぎてるんだ、さっさと帰れ」
何か応えたらしい大輔の声はよく聞き取ることが出来なかったけれど、恐らく帰ったのだろう。それでも翠は実験台の下にうずくまったまま動けなかった。
「ほんと馬鹿だな、お前。無理なら無理って最初から言えって何度も言っただろ?」
いつもと変わらない新島の声がして、ティッシュが箱ごと降って来た。声を上げて泣き出した翠に、新島はそれ以上何も言わなかった。
扉の向こうから話し声が聞えて、翠は耳をそばだてた。一つは大輔の声。そしてもう一つは、新島の声だった。
新島先生はこの部屋の鍵を持っている。大輔から事情を聞けば、新島が鍵を開けざるを得ないのは判りきっていた。
先生お願い。お願いだから助けて…… 渡辺君の事、この部屋に入れないで……
言葉に出来ない願いを心の中で唱えながら、翠はぎゅっと目をきつく瞑った。案の定、ガチャガチャという鍵の音がして、すぐに準備室のドアが開いた。
「ほら、誰もいないぞ」
最初に響いたのは新島の冷めた声。
「そ、そんなはず……」
新島の声が聞こえて、鍵を開けられると思ってとっさに隠れたのは、いつも使っている実験台の下だった。入り口の反対側だから奥まで入ってきたり、屈んで覗いたりしない限り見えないはずだ。
部屋の中に入ってきて近づいてくる足音は、一つ。大輔なのか新島なのか判らないその足音を、翠は息を殺して聞いていた。そして、翠のいる実験台の前で見慣れたスニーカーが立ち止まる。
翠は零れそうになった安堵の吐息を必死に殺して、スニーカーを見つめていた。
「向こうから出たんじゃないか? 廊下の非常口開けたら外だぞ」
「あぁ……」
新島はもう一つある廊下に面したドアを指して言った様だった。
「事情は知らんがここには居ないし、電話ででも話すんだな。もう下校時刻は過ぎてるんだ、さっさと帰れ」
何か応えたらしい大輔の声はよく聞き取ることが出来なかったけれど、恐らく帰ったのだろう。それでも翠は実験台の下にうずくまったまま動けなかった。
「ほんと馬鹿だな、お前。無理なら無理って最初から言えって何度も言っただろ?」
いつもと変わらない新島の声がして、ティッシュが箱ごと降って来た。声を上げて泣き出した翠に、新島はそれ以上何も言わなかった。