冷たい雨の降る夜だから
 新島に言われた通り、明日連絡するからとメールをしたら、大輔からのメールと着信は止んだ。その後、夜まで何をするわけでなくただぼんやりと物理実験準備室にいて、久しぶりに新島に家の近くまで送って貰った。

 そして、夕御飯も食べずに、家に帰るなり一番風呂を堪能している翠だった。ペットボトルの水をゴクゴク飲んで、少しでも腫れぼったい瞼が目立たなくなるように顔をマッサージして、手が止まるたびにため息をついた。

 明日渡辺君になんて事情を説明したらいいのか、そればかりが頭の中を駆け巡っていた。

「っていうか…、いい加減部活辞めたってお母さんに言わないと」

 辞めたって言ったら、なんか聞かれるかな……? 中学からずっと大好きで続けていた部活だ。あんなことが無かったら絶対にやめなかったと思うから尚更、急に辞めて怪しまれないわけがないような気がした。どうしてこんなにも考えないといけない事ばかりなんだろう。

 何十回目かわからない溜め息をつきながら翠が部屋に戻ると、新着メールの存在を主張した携帯が迎えてくれた。

 一抹の期待と不安を胸に携帯を開けて、翠は残念そうに息をついた。メールは美咲からだった。

『渡辺から翠の様子が変ってメールきたけど、どうかした? 大丈夫?』

 大丈夫? と聞かれても翠はどう返信したものか考えあぐねていた。大丈夫じゃない。だからと言って大丈夫じゃない理由も言えない。

 なんか……、なんか考えるのめんどくさくなってきちゃった……

 先生が手紙見てくれたかもわかんないし。

 翠は携帯を枕元にポイッと放ってベッドに転がった。

 翠がHR直後に置いていった手紙は無くなっていたけれど、それを新島がちゃんと見たのか、それにどんな対応をするつもりなのか、判らなかった。別れ際に聞こうと思っていたのに、いざ車に乗ったら大輔にどう話そうかという事が頭をぐるぐると巡って、すっかり聞きそびれてしまったのだ。 

「お姉ー、プリン食べるー?」

 階下からのんきな藍の声が響いてきて、プリンの言葉にちょっと心が浮かれた。

 おなか、少しすいてきたかも。

 藍に返事をする元気はまだなかったけれど、ベッドから重たい身体を起こす。鏡を見るとお風呂でのマッサージが効いたのか、目の腫れはかなり引いていた。これなら母親にも妹にも怪しまれないだろう。とりあえず、考えたくないことは今は考えない事にしよう。翠はそう思いながら部屋を出た。

 プリンを食べて部屋に戻ってきた翠は届いていたメールに思わず笑みを溢して携帯を抱き締めた。

『用があるなら電話にしろ。新島』

 声が聞こえてきそうなほど新島らしくて素っ気ないメールなのに、なぜか凄く嬉しくて携帯を抱き締めたまま翠はベッドにダイブした。
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