冷たい雨の降る夜だから
 今日の新島先生は、デニムに襟付きのカットソー。うんうん、この間よりは私服っぽい。

 そんなどうでもいいような新島の服装を見るのを、地味に楽しみにしている翠だった。別にチェックしてどうというわけではないのだけど。他に特にこれと言った楽しみもないから、新島の服装チェックをしてしまうのだ。

 夏休みの教師は翠が思っていたよりもやることがあるらしく、新島は物理実験準備室にずっといるわけでもなく、職員室に行ってしまって翠一人でいることも多かった。けれど一応気にはしてくれているらしく、お昼は一緒に食べてくれるし、持ってこれる仕事は持ってきてくれているようだった。

「暑いね~、せんせ」

「夏だからな」 

 判り切っている返事しか返してくれない新島に、翠はぷぅっと頬を膨らませた。

「ねぇ、先生。アイス食べたくない?」

「お前のおごりか?」

「えー、先生買ってよぉ」

 暑くて溶けちゃう、と翠は実験台に顎を乗せて「あ、ちょっと冷たくて気持ちいい」と漏らしてぺたりと頬を実験台に押し付けた。

 いくら北校舎の一階で一日中陽が当たらなくても、8月下旬である。だらだら汗をかく程では無いけれど水分をしっかり取るに越したことはないわけで、家から持ってきていたペットボトルは、昼食時にあっさりと飲み切ってしまっていた。何か飲み物は無いかと猫型冷温庫を開けたけれど、生憎コーヒーとカフェオレが1本ずつ入っているだけ。

 喉が渇いた時にはやっぱり水が良い。部活をやめてから、翠はスポーツドリンクも嫌厭するようになっていた。去年の夏休みは、部活で道又を見つめていたのに。休憩時間にゴクゴクと喉を鳴らしてスポーツドリンクを飲む姿を見るのが好きだった。だけど今はもうスポーツドリンクのボトルすら見たくなかった。

 新島からあまり出歩かないように言われていたのもあって、なるべく物理実験準備室の中に引きこもっているけれど、飲み物が無いのは仕方がない。
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