冷たい雨の降る夜だから
色を失っていく世界
入力が終わったデータの元データを社内メールに添付して送信して、印刷したものを1部営業さんのデスクに置いて、ふぅ……と一息つくと、近くにいた松本さんから声をかけられた。
「北川さん、これ総務に置いてきてもらってもいい?真柳さんに渡してほしいんだけど」
「あ、はい」
マヤナギさん……初めて聞いた名前だったけれど、総務なら愛香も居るから判らなかったら聞けばいいかと差し出された封筒を受け取った。総務部があるのは1階上、エレベーターを使うほどでもないからいつも階段を使っている。階段を上りながら、自然と目に入る窓の外。今夜は冷える、場所によっては雪になるかもと天気予報で言っていたけれど、きっと雨なんだろうと思っていた。そんな気持ちを裏付けるように、重たそうな鉛色の雲が空を覆っていた。
総務部に着いて真っ先に視線を向けたのは、愛香のデスクだったのだけど……生憎愛香の姿は無かった。誰かに聞こうときょろきょろしていると、背後から声をかけられた。
「北川、何してんだ?」
その声に、背筋をざわりと悪寒が走る。
「……菊池、君……」
視線を向けつつ、思っていたよりも近い立ち位置に思わず後ずさりするとその分距離を詰められた。
「なんで逃げんの?」
「……ち、近いから」
私の答えに一瞬眉根を寄せたものの、距離を取りたいと言う気持ちを汲んでくれたのか、菊池君が一歩下がるのを見て漸く息が付けた。
「で、何してんの?」
「これ、真柳さんに渡してって言われて……。真柳さんってどこにいらっしゃるのかなって……」
「あー、ヤナギさんね」
菊池君は視線をフロアの左側に向けて、すぐに私の方に向き直る。
「今電話中だから渡しとくよ。お前からって言ったらいいの?」
「あ、えと、営業2課の松本さんからって伝えて欲しい……」
すっと私の手から封筒を奪った菊池君は、「それでさ」と一歩距離を詰めてきた。まるで、仕事とプライベートを分けるように。油断していたのもあって一瞬遅れて後ろに下がろうとしたら、腕を掴まれた。
「なんでライン返してくれないワケ?」
「それは……」
先週の水曜日に届いたラインメッセージに、私は結局返事をしていなかった。角が立たないように断りたいのに、言葉が浮かんでこなくてそのままになってしまっていた。
「前のは、俺も悪かったって。だから、飯位……」
「ごめん、無理っ」
出た声が思っていたよりも大きく響いてしまって、思わず下を向いてしまう。
「ごめんなさい。ご飯とか、私……」
「北川、でかい声出るんじゃん。良いよ別に。野村とかも誘ってみるから。じゃ、またな」
掴んでいた私の腕をあっさりと解放して、菊池君が踵を返す。掴まれていた左腕が脈打っているような気がするほどに、緊張していた。
「北川さん、これ総務に置いてきてもらってもいい?真柳さんに渡してほしいんだけど」
「あ、はい」
マヤナギさん……初めて聞いた名前だったけれど、総務なら愛香も居るから判らなかったら聞けばいいかと差し出された封筒を受け取った。総務部があるのは1階上、エレベーターを使うほどでもないからいつも階段を使っている。階段を上りながら、自然と目に入る窓の外。今夜は冷える、場所によっては雪になるかもと天気予報で言っていたけれど、きっと雨なんだろうと思っていた。そんな気持ちを裏付けるように、重たそうな鉛色の雲が空を覆っていた。
総務部に着いて真っ先に視線を向けたのは、愛香のデスクだったのだけど……生憎愛香の姿は無かった。誰かに聞こうときょろきょろしていると、背後から声をかけられた。
「北川、何してんだ?」
その声に、背筋をざわりと悪寒が走る。
「……菊池、君……」
視線を向けつつ、思っていたよりも近い立ち位置に思わず後ずさりするとその分距離を詰められた。
「なんで逃げんの?」
「……ち、近いから」
私の答えに一瞬眉根を寄せたものの、距離を取りたいと言う気持ちを汲んでくれたのか、菊池君が一歩下がるのを見て漸く息が付けた。
「で、何してんの?」
「これ、真柳さんに渡してって言われて……。真柳さんってどこにいらっしゃるのかなって……」
「あー、ヤナギさんね」
菊池君は視線をフロアの左側に向けて、すぐに私の方に向き直る。
「今電話中だから渡しとくよ。お前からって言ったらいいの?」
「あ、えと、営業2課の松本さんからって伝えて欲しい……」
すっと私の手から封筒を奪った菊池君は、「それでさ」と一歩距離を詰めてきた。まるで、仕事とプライベートを分けるように。油断していたのもあって一瞬遅れて後ろに下がろうとしたら、腕を掴まれた。
「なんでライン返してくれないワケ?」
「それは……」
先週の水曜日に届いたラインメッセージに、私は結局返事をしていなかった。角が立たないように断りたいのに、言葉が浮かんでこなくてそのままになってしまっていた。
「前のは、俺も悪かったって。だから、飯位……」
「ごめん、無理っ」
出た声が思っていたよりも大きく響いてしまって、思わず下を向いてしまう。
「ごめんなさい。ご飯とか、私……」
「北川、でかい声出るんじゃん。良いよ別に。野村とかも誘ってみるから。じゃ、またな」
掴んでいた私の腕をあっさりと解放して、菊池君が踵を返す。掴まれていた左腕が脈打っているような気がするほどに、緊張していた。