冷たい雨の降る夜だから


「ね、翠、圭ちゃん。後夜祭一緒にバックレよ?」

 美咲に言われたのは、文化祭の1日目の帰りだった。

「うちらはいいけど…美咲いいの?」

 圭の言わんとすることは翠にも判った。後夜祭の後半、放送委員会が企画する生徒参加のステージイベントがある。その中で毎年好きな女子に告白する男子が絶対にいるのだ。そして、去年、美咲も告白を受けていた。

「いいって言うか、公開告白とかもうヤダ。絶対やだ」

 断固として首を振る美咲には、大学生の彼氏がいる。写真しか見たことがなかったが、クラスの子の彼氏の紹介で知り合ったのだと聞いていた。

「翠、去年上手く雲隠れしてたよね。片付けさえしたら平気だろうし、閉祭式から居なくなろうよ」

 上手く雲隠れした、その言葉は翠にはちょっと胸が痛かった。そういうつもりじゃ、無かったんだけど。
 
 去年の後夜祭、翠は新島と一緒に物理実験準備室に居た。家庭科の授業で作った浴衣を着て和風メイドに扮しての和風喫茶は、男子生徒に大繁盛して、本当に大変だった。疲れ果てて、とてもじゃないけど後夜祭なんて気分じゃなくて、片付けが終わってから物理実験準備室に行ったのだ。閉祭式の間少し寝て、そしてそのまま仕事をしている新島と後夜祭の音だけ聞いて、帰りも送ってもらった。

 あの日、翠が疲れてぐったりしていたからか、新島は優しかった。ただ傍に居てくれるだけで安心して、くしゃくしゃとと頭を撫でてもらうだけで幸せだったのに、あれからもう一年経ってしまったのだ。

「翠?聞いてた?」

「え?」

「だからさ、片付け終わってみんなが閉祭式行くの待ってから、抜け出そうって」

「ほら、生物室とかの奥の非常口出てすぐにコンビニ抜けれる穴あるじゃん?」
< 45 / 139 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop