冷たい雨の降る夜だから
 美咲と圭の話を聞きながら、翠はまた上の空になっていた。

 どうして今日に限ってこんなにも新島を思い出させる事ばかり言うのだろう。あの廊下を見るだけで、居なくたって新島の姿が見える気がするのに。

 新島には会いたい。会いたいけれど、会いたいのと同じくらい不安に感じる。新島に対する不安感は、他の男の人に対するの物とは少し違うことに翠も気付いていた。

 新島を怖いと思うかもしれないことが怖い。会いに行って、新島を目の前にして自分が何を思うかが怖い。何度となく見る怖い夢を思い出してパニックになりそうな自分が怖かった。

 実際、2年の終わり頃は授業のために化学実験室に向かう時でさえ、誰かと一緒じゃないと足が震えた。

 そして、新島が翠をどう思っているのかが、怖い。会わなくなってからもう1年近く経つ。メールも電話も、一度もしていない。新島にとって翠はどんな存在だったのだろう。

 今日も廊下を新島が通っていったのを見かけていた。おもわず手を止めて、目で追ってしまったのに……視線が交わることは無かった。新島は以前から物理実験準備室の外では完全に他人行儀で、言葉すら交わしたことがなかったけれど、翠が会いにいなくなってからもそれは変わらないのだ。

 元々私が勝手に行ってただけ、だもんね…… 先生は私の事なんてどうでもいいよね……そんなことを思っている翠を嘲笑うように、頭の奥で道又が嗤い声が響く気がした。

「すーいー?大丈夫?」

 圭に覗き込まれて翠はまた現実に引き戻された。

「ごめん……疲れちゃったみたい」

「立ちっぱなしだったもんねー」

 今年、翠のクラスはドーナツ屋さんだった。仕入れたドーナツと飲み物を出すだけ。メイド服のようなものは却下で、お揃いのエプロンだけにした。おかげで去年のように写真撮影希望者で溢れることもなく、平和だった。

 平和なのに……とても、寂しかった。

 新島と会わなくなってからの学校生活は、色を失ったように味気なくて、寂しかった。


< 46 / 139 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop