冷たい雨の降る夜だから
◆
夏休みがあけた2学期。すぐに文化祭の準備が始まって、打って変わって新島と会う時間は少なくなった。夏休みの最後の一週間は毎日会っていたから、少し物足りなく感じていた。だけど、文化祭が終わったら修学旅行と行事は続いて、3年生の担任をしている新島は受験の対策に追われているのかなかなか物理実験準備室に居ることが無かった。
それでも翠は時間があれば宿題をやったりして、物理実験準備室で下校時刻ギリギリまで過ごしていた。会える時間は減ってたけれど、新島と過ごす短い時間は道又先輩の事で泣いたり大輔の事を愚痴ってた1学期とは違った。コーヒーとお茶を飲みながら他愛の無い話をして、時々勉強を教えてもらって。
会えなくてもいいから待っていたい、少しでもいいから話したい。思っていた事は、それだけだった。
翠ははっとして目を覚ました。周りは静かで、薄暗くて、だけど見慣れた物理実験準備室だとすぐに判った。ブラインド越しに見える外には、もう夜の帳が降りてきていた。部屋が薄暗いから当たり前だけど、新島の姿は無い。今日は会えないのかと、ほんの少し寂しさが胸をよぎる。
眠っている間に身体はずいぶん冷えてしまっていて、自分の身体を抱き締めようと身体を起こしたとき、肩から何かが滑り落ちた。
何……?
身体をかがめてそれを拾い上げて、どきっとした。それは、スーツのジャケットだったから。この部屋に来て、翠が眠っていることを咎めない人なんて、新島しかいない。新島がここにきて、翠が寝てたから、掛けて行ってくれた以外はありえないから尚更一気に頬が熱くなって、どきどきと胸が鳴るのが判る。
どうしよう。
翠は熱く火照った頬を両手で包み込んだ。つい今しがたまで新島に会いたいと思っていたのに、今はどんな顔して会ったら良いのかわからない。広げていた数学の教科書とノートをあわただしく閉じて、帰り支度をして物理実験準備室を飛び出そうとした翠を、ガチャンと音を立てて物理実験準備室のドアが阻む。
「あれ?」
勢いよく引いたのにドアが開かない。何度かドアノブをガチャガチャと回してから漸く鍵がかかっているのだと気が付いた。緊張して上手く手が動いてくれなくて手間どりながら鍵を開けて、逃げ出す様に物理実験室を駆け出した先の廊下でドンっと何かにぶつかった。
それが物ではなく、人だとわかったのは相手の手が翠の肩をつかんで支えてくれたからで、新島だと顔を見なくても判ったのは、間近で何とか見えたその人はジャケットを着ていないワイシャツ姿だったから。
夏休みがあけた2学期。すぐに文化祭の準備が始まって、打って変わって新島と会う時間は少なくなった。夏休みの最後の一週間は毎日会っていたから、少し物足りなく感じていた。だけど、文化祭が終わったら修学旅行と行事は続いて、3年生の担任をしている新島は受験の対策に追われているのかなかなか物理実験準備室に居ることが無かった。
それでも翠は時間があれば宿題をやったりして、物理実験準備室で下校時刻ギリギリまで過ごしていた。会える時間は減ってたけれど、新島と過ごす短い時間は道又先輩の事で泣いたり大輔の事を愚痴ってた1学期とは違った。コーヒーとお茶を飲みながら他愛の無い話をして、時々勉強を教えてもらって。
会えなくてもいいから待っていたい、少しでもいいから話したい。思っていた事は、それだけだった。
翠ははっとして目を覚ました。周りは静かで、薄暗くて、だけど見慣れた物理実験準備室だとすぐに判った。ブラインド越しに見える外には、もう夜の帳が降りてきていた。部屋が薄暗いから当たり前だけど、新島の姿は無い。今日は会えないのかと、ほんの少し寂しさが胸をよぎる。
眠っている間に身体はずいぶん冷えてしまっていて、自分の身体を抱き締めようと身体を起こしたとき、肩から何かが滑り落ちた。
何……?
身体をかがめてそれを拾い上げて、どきっとした。それは、スーツのジャケットだったから。この部屋に来て、翠が眠っていることを咎めない人なんて、新島しかいない。新島がここにきて、翠が寝てたから、掛けて行ってくれた以外はありえないから尚更一気に頬が熱くなって、どきどきと胸が鳴るのが判る。
どうしよう。
翠は熱く火照った頬を両手で包み込んだ。つい今しがたまで新島に会いたいと思っていたのに、今はどんな顔して会ったら良いのかわからない。広げていた数学の教科書とノートをあわただしく閉じて、帰り支度をして物理実験準備室を飛び出そうとした翠を、ガチャンと音を立てて物理実験準備室のドアが阻む。
「あれ?」
勢いよく引いたのにドアが開かない。何度かドアノブをガチャガチャと回してから漸く鍵がかかっているのだと気が付いた。緊張して上手く手が動いてくれなくて手間どりながら鍵を開けて、逃げ出す様に物理実験室を駆け出した先の廊下でドンっと何かにぶつかった。
それが物ではなく、人だとわかったのは相手の手が翠の肩をつかんで支えてくれたからで、新島だと顔を見なくても判ったのは、間近で何とか見えたその人はジャケットを着ていないワイシャツ姿だったから。