冷たい雨の降る夜だから
 違和感を感じていた。普段の新島ならこんな早い時間に車に乗っていくかなんて聞かない。時間だけじゃない。いつも泣いた後とか翠が電車に乗れないような非常事態っぽい時しか、乗せてくれない。新島は先に車に乗っていたので、翠は後部座席のドアを開けて車に乗った。

「寒かったら使って良いぞ」

 そんな言葉と共にぽんと放り投げられたのは、ブランケットだった。新島らしくない、可愛いキャラクターの描かれたブランケット。心臓が、ドクンと鳴るのが判った。

 車の中は少し寒かったけれど、ブランケットは使わなかった。いつもなら、絶え間なくどうでもいい話をしているのに、何も思い浮かばなくて、会話すらなかった。

 学校と反対側にあるロータリーで下ろしてもらって、翠は駅の階段を登った。まだ心臓が不安でドキドキしていた。駅のホームからロータリーを見ると、新島の車がまだあるのが見えた。新島は翠に『駅まで行くから乗っていくか?』と言った。だから、駅に用事があると言うことなのは、翠にもわかってる。
 
 先生、誰を待ってるの? ……電話の女の人?

 胸がドキドキした。

 この間、暗い廊下で新島と話したときとは違う、嫌なドキドキが、電話をする新島を見てから止まらなかった。向かいのホームに電車が入って、しばらくして新島の車に人が近づくのが見えた。

 車の助手席のドアを開けて乗ったその人は、スカートをはいていた。

 先生、彼女いるんだ。

 そう翠は確信した。

 その後は、何も考えられないまま家に帰った。ご飯は食べられそうに無かったので、要らないと言ってお風呂に逃げ込んだ。

「先生……彼女、居るんだ……」

 湯船に浸かって、翠は小さな声でぽつりとつぶやいて、小さく笑う。「そうだよね」と翠は自分に言い聞かせるように心の中でつぶやいた。

 新島は大人だ。彼氏だ彼女だなんて騒いでいる高校生じゃなくて、きちんと仕事をしていて、ちゃんと教師と生徒の線引きをしている大人だ。

 新島に彼女が居たって、翠にしてみたら何もおかしくない。新島はなんだかんだ言って優しい。むしろ、彼女が居ない方がおかしい。

 熱い雫が頬を伝って行って、泣いている事に気が付いた。 

 どうして泣いているんだろう。泣くことなんて無いのに、別に新島に彼女が居たからって翠には関係ない。 新島に彼女が居たからって、自分には何も関係ないはずだと思いたいのに、ヒリヒリと胸が痛む。

 ボロボロととめどなく、涙が零れ落ちて行った。
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