冷たい雨の降る夜だから
 その日を境に、怖い夢を見るようになった。道又先輩に襲われる夢を見て跳ね起きることは、以前からしょっちゅうあったけど。逃げ込んだ物理実験準備室、そこに居た人を先生だと思ってしがみついたのに。振り返ったその人は、やっぱり先輩だった。どんなに泣叫んでも逃れられなくて。声にならない悲鳴をあげて、目を覚ます。私は先生に会いにいけなくなった。

 一緒に居て心地よかったのに。大好きなのに。ずっと一緒に居たいのに。

 だけど、ずっと一緒に居るその先に何があるのか……それを意識したら怖くてたまらなくなった。

 先生が男の人だと思った途端。先生の事が、男の人として好きなんだと、自覚した途端。二人きりでたくさん過ごしてきたはずの先生も……私は怖くてたまらなくなってしまった。

 私の気持ちをすべて置き去りにして、季節は巡った。先生とはあの日、駅で別れて以来ちゃんと会ってない。私が物理実験準備室に行かなくなっても、先生は何も言わなかった。もともと通常の学校生活での接点は一切なかった私と先生にとって、会わないようにするのはとても簡単なことだった。

 だけど私は、卒業するまで先生を見かける度に目で追い続けた。職員室で声が聞こえる位近くに先生が居たこともあった。そんな時は、大好きな先生の声をすこしでも拾おうと必死だった。自由登校だった3年生の3学期、授業をする先生の声を廊下でこっそり聞いていたことだってある。

 好きと怖いの間で振り子のように気持ちはゆれて、凄く好き、会いたいと思ったらその分、夜に怖い夢で悲鳴を上げた。
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