冷たい雨の降る夜だから
再会
 私の手の中でスマホが震えているけれど、大きな画面に表示されている『新島せんせ』という文字を見つめたまま、動けずにいた。

 先生? 本当に? ……何かの間違いじゃなくて……?

 電話のアイコンをスライドしようとする指が震えていた。指だけじゃない、身体中の感覚がおかしくなってしまったように、麻痺しているのが判る。震える指でゆっくりと電話のアイコンをスワイプして、画面が通話中になるのを見て、耳に当てた。

 声が出てこなかった。

 電話の先の音も何も聞こえなかった。聞こえるのは、止まない雨が屋根を叩く音……それだけ。

 何も聞こえてこないスマホを少し耳から離して画面を見ると、通話中の数字がゆっくりとカウントアップされていた。

「……先生?」

 漸く出た私の声は、掠れて震えていた。そして、しばらくの沈黙の後に私の耳に静かな低い声が届いた。

「……元気だったか?北川」

 それは紛れもなく、懐かしくて、ずっとずっと聞きたかった先生の声。高校を卒業して以来聞くことのなかった先生の声は、沁み込むように胸の奥を満たしていく。

「北川?」

 言葉が出てこない私の鼓膜を先生の声が優しく揺らす。口を開いたら零れそうになる嗚咽をぐっと飲み込んで、電話越しに聞こえないようにそっと息をつく。

「うん。元気、だったよ。先生は?」

 声が震えそう。そう思ったのに、喋りだしてみたら案外スラスラと声が出てくる。その一方で心臓だけはドキドキと早く脈打っていて、私の思考を麻痺させていた。

 本当に元気だったかと言われたら、正直よく判らなかったけれど。少なくとも、今普通に生活していられる程度には元気だ。

「俺は相変わらずだよ。毎日ガキ共の相手してる。……大学、卒業したか?」

 先生の、声だ。電話の相手が先生なのだから当たり前のことなのに、耳元で響くその声に目が熱くなって、世界がぼんやりと滲む。

「うん、卒業した。今は普通にOLしてるよ」

 泣き出しそうなのをぐっとこらえて、元気ぶった声を出して答えると、電話の向こうで先生が想像つかねぇな、と小さく笑うのが聞こえた。
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