冷たい雨の降る夜だから
「……ちゃんと彼氏、出来たか?」

 そう言った先生の声が凄く優しくて、胸がぎゅっと痛む。

「出来ないよ……。ずっと、居ない」

 出来るわけがない。私は男の人が今でも怖い。知ってるくせに。私が男の人が嫌いな理由を知ってるのにそんなこと聞くなんて、先生は相変わらず意地悪だ。

「そっか」

 帰ってきた先生の返事は、静かだった。居ないことを責めるわけでもなかったし、早く作れと急かす響きもなかった。

 訪れた沈黙に言葉を必死で探したけれど、先にそれを破ってくれたのは先生だった。

「……今度、飯でも食いに行くか?」

「え、行く!」

 あまりにも意外な先生の言葉に思わず即答した私に、先生がククッとのどを鳴らして笑ったのが聞こえた。

 相手が先生なら、断る理由なんて一つも無い。

「あとで暇な日メールで送っといて。アドレス、変わってないから」

「うん」

 会話が途切れて、私は漸く息をつけた気がした。思っていた以上に心臓は早く脈打っていた。

「じゃぁ、また」

「先生っ」

 電話を切られる、そう思うと思わず声を上げてしまった。

「どうした?」

 何を話そう。何も思いつかなかったけど、先生との電話が切れてしまうのは嫌だった。やっと話せたのに、これだけで切れてしまうのが凄く寂しくて。少しでも長く繋がって居たかった。

「先生……」

「北川」

 話す事を探している私の声を、先生の声が遮る。

「俺は職員会議のある木曜以外なら大体空けられる。お前は?」

「私は……いつでも良い」

 本当にいつでもよかった。もし先生さえいいって言うなら、今からでも良いくらい。1秒でもいいから早く会いたい。5年も会ってないんだから、今更1秒なんてたいした問題じゃないと思うのに。

「……明日、会うか?」

「うん」

 明日。その言葉に自分でも思って居た以上に、心臓が跳ねる。

 返事は、迷わなかった。
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