冷たい雨の降る夜だから
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 まじまじと見つめてくる視線のあまりの居心地の悪さに少し不機嫌に里美を見てしまう。

「そんなにじろじろ見ないでよ」

「だって……どうしたの?そんな恰好して」

 そんなに変?と思いながら自分の姿を見下ろしてみる。私は普段パンツとカッターシャツという色気の欠片も無い格好で通勤しているけど、今日は白いニットとカーディガンのアンサンブルに、スカートを履いていた。

 そして、普段が普段なだけに里美が見逃してくれるわけもなく、出勤早々ロッカーで里美に捕まった。

「変?」

「変ってわけじゃないよ、可愛い!でも、翠、今までそんな格好してきたこと……」

 里美は途中まで言ってふと思い当たったように声を小さくして私の耳元でささやいた。

「もしかして、デート?」

 だったら応援するんだけど。と言外に含んだ少し嬉しそうな里美の声音に「違うよ」と小さく返すと、ふぅん……とちょっと含みのある相槌が返ってきた。

 菊池君は昨夜のラインで、里美も誘ったと言っていたから、もしかしたら何か聞いているのかもしれない。だけど、決定事項の様に告げられる菊池君からのラインは、どうしても先輩の強引さを思い出してしまって、言い返すのが怖い。だけど従いたくはないのだ。

 パタンとロッカーを閉じた里美は「あ」と声を漏らした。どうしたのかと視線を向けると、ため息交じりに言った。

「今日、柿崎さんお休みだから給湯室当番やらないといけないんだった。ごめん、先に行くね」

「あぁ、そっか。いってらっしゃい」

 フロアに1か所ある給湯室の布巾やタオルの洗濯や洗剤や石鹸などの補充をするのが給湯室当番。1週間交代で、女子社員の当番制なのだ。

 パタパタとあわただしく出て行った里美と入れ替わりに夏帆がロッカーに入ってきた。
 
「おはよう」

 夏帆は、さやかや里美とは少し雰囲気が違う。大学時代に一年留学していて一つ年上なのもあるかもしれないけれど、しっかりしているお姉さんだ。

「ねぇ、マナから聞いたんだけど、菊池からライン来てるの? 大丈夫?」

 唐突に言われて言葉に詰まると、夏帆が苦笑する。昨日、総務で菊池君と話しているのを愛香に見られていたらしい。逃げ腰になっている私の腕を掴んでいたのが愛香としては気になって、私が帰った後に菊池君に事情を聞いて、それを夏帆に話したという事の次第。

「無理なら無理って、はっきり言っちゃいなよ。まぁ、前の事もあるから、あんまり強引には来ないだろうけど……」

 去年の四月の終わり頃、新入社員全員での研修が終わって、それぞれの配属が決まった後の同期の飲み会で、私は戯れに肩を抱いてきた菊池君をとっさに突き飛ばしてしまっていた。ふざけていたのだとは判っていても、それでも恐怖と不安で頭が真っ白になってしまったのだ。
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