冷たい雨の降る夜だから
 ソワソワしながら時計とにらめっこして一日の仕事を終えて、定時になるや否や上司や先輩から雑用を押し付けられないように速攻でロッカーに駆け込んだ。待ち合わせは7時だからまだ余裕はたっぷりあったけれど、気持ちが急いて仕方なかった。

「お疲れ」

 後ろから声をかけられてドキッとして振り向くと、そこに居たのは夏帆。

「夏帆、お疲れ様。さやかと里美は?」

「あー、竹原さんに入力頼まれてたから、しばらくかかるんじゃないかな」

 お昼を食べた時にさやかにも服の事をつっこまれて、答えに詰まってしまったものだから、二人が勝手にデートだとか盛り上がってしまった。「そんなじゃない」と何度言っても結局信じてもらえないままお昼休みは終わったのだけど、残業中と聞くと問い詰められない事に安心しつつも、ちょっと申し訳ない気持ちがわいてくる。

「竹原さんに頼まれてたのに、おいてきたの?」

 私の問いに夏帆は少しいたずらっぽい笑みを浮かべる。

「うん、置いてきた。はくじょーものーって言われた」

 そういって、あははと笑う夏帆の彼氏は、その竹原さんだ。

「でも、ほら。手伝えるわけでもないじゃん。長居してたらこっちまで残業になっちゃうし」

 私達は全員営業部配属でフロアは一緒だけど、所属課はちょっと違う。だから、仕事を容易に手伝えるわけではないのだ。もちろん、どうしようもなく切羽詰まっているときは多少は手伝ったりもするけれど、普段は課の中で処理する事になっているから、お互いに手出しはしない。

「ね、ホントの所、今日はデートなの?」

 夏帆に小声でそう聞かれて、私もちょっと良く判らなくてため息が漏れた。

「……よくわかんない」

 よく判らない。先生は確かに男の人だけど、先生と二人で会うのがデートになるのか判らなかった。よく判らないから、さやかと里美に話すとそれこそ根掘り葉掘り掘り返されそうで、それが嫌でさやか達には話せなかった。

「そっか。大丈夫?その、2人で会っても」

「あー……うん、それは大丈夫。あの人は昔から平気だから」

 正確に言えば、昔は平気だった。多分、今はもう平気のはず。先生本人を怖いと思ったことは、一度も無かったから。
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