冷たい雨の降る夜だから
「前からの知り合いなんだ?」

「うん、あの人だけは、ずっと平気だったんだけど……」

 否応なく思い出されてしまう嫌な夢の記憶に、思わずため息が漏れる。

「その割には憂鬱そうだね?」

 夏帆に苦笑して言われて、さっきからため息ばかりついているのに気がついた。

「ずっと連絡すら取ってなかったから、凄く会いたいんだけど、ちょっとね……怖いんだ」

「何が?」

「もう子供まで居たりするのかなとか考えちゃうと、会いたいんだけど、会わないほうがいいのかなとか、なんか色々悩んじゃって」

 私が高校生だったころなんてもう6年も前なのだ。私の知らない6年の間に、先生は好きでいてはいけない人になっているかもしれない。あの頃20代半ばだったとしても、もう30歳にはなっているはずで、そしたら子供はいなくても結婚していても何もおかしくは無い。会いたいと思うその一方で、会って先生の“今”を知るのは……凄く怖い。

 ずっと肯定的に私の話を聞いてくれていた夏帆だけど、子供と言う単語に表情は厳しくなった。

「結婚してる人なの?」

「わかんない。昔はしてなかったけど、今はどうか知らない。歳考えるとしててもおかしくないから。だから……してたら嫌だなって思っちゃって」

 会わなかった時間が6年もある。だから余計に怖かった。言葉にすればするほど、先生に会えることに浮かれていた気持ちが少しずつしぼんでいくように感じられた。

「今日は誘ったのどっち?」

「……向こう、かな」

 『明日、会うか?』そう言ってくれた昨夜の先生の電話の声が、頭の中でゆっくりと再生される。ただ、もし先生が言ってくれなくてもきっと私が「会いたい」と言ったとは思う。

「それなら、信じてみたら?」

  夏帆は、まっすぐ私を見てた。

「向こうが会いたいって言ってくれたのを、信じてみたら?久しぶりに会うのにそんな憂鬱そうにして行ったらガッカリされちゃうよ?」

「そうかな……?」

信じてもいいのかな……? 先生は、少なくとも私に会いたいって思ってくれてるって……期待してもいいのかな。

「そうだよ。男だってそれなりに悩んで誘ってるんだってよ?」

 ふふっと少し気恥ずかしそうに夏帆は笑った。きっと、竹原さんに言われた言葉を思い出したんだろう。

「がんばってね」

「……うん、がんばってみる」

 夏帆と別れてロッカーを出て、深呼吸を一つ。

 私は、先生に会いたい。

 その気持ちには、何一つ嘘なんて無い。それに正直にしたがっていいんだ。電話をくれたのは先生だし、ご飯食べに行こうって言ってくれたのも先生なんだから。

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