冷たい雨の降る夜だから
 先生との待ち合わせは7時半だったけれど、定時にダッシュで職場を出たからずいぶんと時間があった。駅ビルを少し眺めたけれど、そわそわして落ち着かなくて結局、コーヒーショップで時間を潰そうと買ったのはカフェラテ。

 私は今でもコーヒーはミルクをたっぷりいれないと飲めない。コーヒーを飲むたびに、いつもコーヒーを飲んでた先生を思い出すから、あまり飲まないようにしていたからかもしれない。こういうコーヒーショップでも、お店側にしてみたら微妙なんだろうと思いながらもいつも紅茶やココアを選んでいた。カフェラテを一口飲んで、ふと不安に駆られる。

 ……夢じゃないよね?

 私、先生と会いたいあまりに先生と会う約束をした夢を見たわけじゃないよね? そう思うと急に膨らんでいく不安に、スマホの着信履歴を開いて息をついた。

 着信履歴の一番上に『新島せんせ』と確かに表示されている。朝起きた時にも、朝の電車の中でも、お昼休みにも何度も何度も確認した。指先でそっとなぞってその名前が確かにそこにあることを確かめる。大丈夫、夢じゃない。

 今から先生と、会えるんだ。嬉しさと不安が入り混じった、何とも形容しがたい気持ち。会いたくて、会うのが不安で……だけど、高校生の頃の様に会わずに逃げようとは、思わなかった。不安でもいい、怖くてもいい。ちゃんと先生に会いたい。

 深呼吸して時計に視線を投げると7時10分を少し過ぎたくらい。待ち合わせにはまだ少し早いけど、そこまで早すぎるというわけじゃない。6年ぶりの再会に緊張した私は居ても経ってもいられなくて、改札に足を向けた。

 歩きながらぼんやりと考える。先生、私のこと判るかな? ……わかるよね。見た目はそこまで変わってない、と自分では思っている。別に髪を染めたりしたわけでもないし、特に太ったりしたわけでも----そんなことを考えたとき、思い至った。

 ……先生がこの5年で激太りとかしてたらどうしよう?

 私の知ってる先生はちょっとくたびれたスニーカーを履いていて、すらっとしてて、たまに無精ひげが生えてるときがあったりして。普段は言うこと容赦ないけど、ここぞと言う時はちゃんと優しい。そのイメージのまま、激太り……思わず、ぷっと噴き出した。ないよね、ないない! 自分の想像を振り払うように頭を振って、一人で小さく笑みをこぼす。だって、昨日の電話の声は昔と変わらなかった。私が大好きだった先生の声、そのままだったから。
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