冷たい雨の降る夜だから
 そう、そのままだった。

 待ち合わせに現れた先生の姿も、あの頃のままで…… 時間にはちょっと早かったのに改札口前に居た私は、人ごみの中でも一目で先生だってわかった。改札を抜けて目線を上げた先生とばっちり目が合うと、先生の眼鏡の奥の瞳が呆れたように笑う。

「北川、早かったな」

 そう言って、先生は私の頭にぽんっと手を置いた。ずっと人と触れ合うのを避けていたから、誰かに頭を触れられるのは……高校生の頃、先生に撫でてもらって以来。息が出来なくなりそうなほどに緊張していたのに、それだけで私の不安と緊張が溶けていく。

「仕事、早く終わったから」

 残業を頼まれる前に脱兎のごとくフロアから出ては来たけれど、とは言わずに先生を見上げる。先生ときちんと向き合うのは、高校二年生以来だから、6年ぶり。6年経っても先生はそこまで変わったような気はしなかった。

「先生、変わってないね」

 声も、表情も何もかも、変わってなかった。物理実験準備室で私の頭をぽんぽんと撫でてくれていた、あの頃のままだった。

「お前も、あんま変わってないな」

 言葉を交わすのだって6年ぶりなのに、そんな気がしないほど、先生は変わらない様子で話す。会わなかった6年を、無かった事に出来たらいいのに。そんな気持ちを、ぎゅっと手を握りしめて押し殺す。会いに行かなかったのは、私なんだから。

「腹減ったし飯食うぞ」

 そう言って歩き出した先生の隣に並ぶ。こんな風に一緒に歩くのは、初めてと言ってもいい。初めて会ったあの日、三年生の教室に荷物をとりに行く時は一緒に来てくれたけれど、あの時は……それこそ本当の非常事態だったから。学校の廊下も、たまに車に乗せてもらう時の駐車場への道も、先生と一緒に歩いたことは一度もなかった。

 少し視線を落とすと先生の左手が見えた。先生の左手に、指輪はない。それが全てではないけれど、その事実に少しだけ安心した。
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