冷たい雨の降る夜だから
 朝の通勤ラッシュ程じゃないけど、夜の電車も結構込んでいる。仕事が終わった人や、飲み会帰りっぽい人、学生みたいな雰囲気の人。友達と一緒の人、恋人同士の人。

 こんなにたくさん居る人の中で、私と先生はどう見えるんだろう? 年が離れているから…恋人には見えないかな? 普通に考えて、上司と部下…かな? ……もう、教師と生徒じゃないんだなと、今更のように思った。

「結構混んでるな」

「うん、朝はもっと凄いよ」

「満員電車平気か?」

「平気じゃないけど、嫌とか言ってられないし……」

 本当は息が詰まりそうなほどに嫌だ。痴漢とか絶対に遭いたくなくて、スカートは普段履かない。だけど今日は、先生の前では、ちゃんと女の子で居たいと思った。

 不意に電車が揺れて、人の波に押された私を先生の腕が抱きとめてくれた。

「ごめんなさ…」

 離れようとした私を、軽く力の篭った先生の手が引き止める。抱きしめるという訳じゃないけど、私が居るのは…先生の腕の中。間近にある、先生の肩。微かに香る、先生の匂い。

 ちらりと見上げた先生の表情は、いつもと変わらない涼しい顔。頭に置かれた先生の手が、髪を撫でてくれてる。意識してるのは、私だけ? 先生は、こういうの普通? このまま駅に着かなくたっていい、そう思うのは……私だけ?

「降りるの、次か?」

 すぐ間近で囁かれる先生の低い声は、電車の雑踏の中で骨を伝わるように直接響いてくる気がした。

「うん」

 頷いたときにまた電車が揺れたけど。今度はずっと、先生の腕の中だった。
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