冷たい雨の降る夜だから
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「お前の家、あっち?」
先生が足を止めたのは、私の家の近く。いつも車で下してもらっていた公園の前。あっち、と示された角を曲がって少し歩けば、私の家。
「うん」
電車を降りてからはぽつりぽつりと話すだけで、そんなに話をしていた訳ではない。それでも、先生と一緒なら沈黙も嫌な感じがしない。隣に並んで歩くだけなのに、別れるのが寂しかった。
高校生の頃の私はどこにいっちゃったんだろう。あの頃の私なら、きっと先生に何気無い事のように彼女の有無を聞いたり、もっと一緒にいたいとか言えたのに。今ではそんなこと、とてもじゃないけど口に出せない。
「家の前まで、な」
ぽんっと頭を先生の大きな手が撫でる。先生の声音は静かで、感情を読み取れなかった。もうすぐついてしまうのが判っていても、何を話したらいいのか判らなくて、何も話せないまま家の前に着いてしまった。
「それじゃ--」
「先生っ」
先生の言葉を遮った私を、先生の眼鏡の奥の瞳が見つめてくる。
「どうした?」
「先生。また、会える……?」
怖かった。ちゃんとした約束が無いと、またずっとずっと会えなくなる気がして、怖かった。先生の事を見ていることもできなくて俯いてしまって見えなかったけれど、先生がふっと笑った気配がした。
「会えるよ」
俯いた私の頭を大きな手が優しく撫でた。不安で堪らなかったのに、先生の声も頭を撫でてくれる手も優しくて、不安がゆっくりと溶けていく。
「会いたい?」
聞かれた言葉の意味に、少しだけ先生を見上げると、悪戯っぽい瞳で私を見ていたから、一気に頬が火照った。返事は決まってるのに、あまりの恥ずかしさに言葉がでないでいると、先生がクスリと笑って私の頬を撫でる。
「入試と期末の前後はちょっと忙しいかな。他は、大したことない」
先生が少し目を細めて私の髪を撫でるから、胸がきゅんとする。昔は、こんなに優しい目で見つめてなんてくれなかったのに。こんな風に触れられたりしなかったのに。頭は撫でてくれてたけど、ぽんぽんとかくしゃくしゃ撫でる感じで、今みたいに髪に指を絡めてすいていくように、しっかりと触れたことは一度も無かった。
「金曜は? 飲むなら週末のがいいから」
金曜日? 記憶をたどって気がついた。金曜日は、菊池君に飲みにつれて行かれる。さやかと里美にも声をかけてあるみたいだったし、あの二人にまでタッグを組まれたら、きっと行かないといけないんだろうと半ば諦めていた。
「先約があるって顔したな。じゃ、来週かな」
告げられた言葉に素直に頷けない。今日は火曜日、木曜日は先生が会議で遅いって言っていたし…金曜日が無理なら明日しかない。来週と言われるのは、至極当たり前なのに。それでも、来週まで会えないのが嫌だと思ってしまう自分が居た。
「北川。お前さ、そんな来週まで会えないの嫌っつー顔するなよ」
私の思考を見透かしたような先生の言葉に、思わず口を尖らせてしまう。なんでさっきから全部ばれてるんだろう。私殆ど喋ってないのに。
「そんなことないもん……」
「そう? んじゃ、来週な」
あっと思って見上げた先生の眼はさっきも見せた悪戯っぽい瞳で、私の反応を見てクスリと笑う。
「それじゃ」
悠然と口元に笑みを浮かべた先生に、くしゃりと頭を撫でられた。
「明日、仕事おわったら連絡寄越しな」
え? あれ? 明日?? 告げられた言葉にきょとんとしていると、そのまま背中を軽く押される。
「いつまで家の前に居るつもりだよ」
さっさと帰れと促されて、きちんと確認もさよならも言えないまま家の玄関に続く階段を上る。
「先生」
振り返った私に、ひらひらと先生が手を降ってくれた。
「お前の家、あっち?」
先生が足を止めたのは、私の家の近く。いつも車で下してもらっていた公園の前。あっち、と示された角を曲がって少し歩けば、私の家。
「うん」
電車を降りてからはぽつりぽつりと話すだけで、そんなに話をしていた訳ではない。それでも、先生と一緒なら沈黙も嫌な感じがしない。隣に並んで歩くだけなのに、別れるのが寂しかった。
高校生の頃の私はどこにいっちゃったんだろう。あの頃の私なら、きっと先生に何気無い事のように彼女の有無を聞いたり、もっと一緒にいたいとか言えたのに。今ではそんなこと、とてもじゃないけど口に出せない。
「家の前まで、な」
ぽんっと頭を先生の大きな手が撫でる。先生の声音は静かで、感情を読み取れなかった。もうすぐついてしまうのが判っていても、何を話したらいいのか判らなくて、何も話せないまま家の前に着いてしまった。
「それじゃ--」
「先生っ」
先生の言葉を遮った私を、先生の眼鏡の奥の瞳が見つめてくる。
「どうした?」
「先生。また、会える……?」
怖かった。ちゃんとした約束が無いと、またずっとずっと会えなくなる気がして、怖かった。先生の事を見ていることもできなくて俯いてしまって見えなかったけれど、先生がふっと笑った気配がした。
「会えるよ」
俯いた私の頭を大きな手が優しく撫でた。不安で堪らなかったのに、先生の声も頭を撫でてくれる手も優しくて、不安がゆっくりと溶けていく。
「会いたい?」
聞かれた言葉の意味に、少しだけ先生を見上げると、悪戯っぽい瞳で私を見ていたから、一気に頬が火照った。返事は決まってるのに、あまりの恥ずかしさに言葉がでないでいると、先生がクスリと笑って私の頬を撫でる。
「入試と期末の前後はちょっと忙しいかな。他は、大したことない」
先生が少し目を細めて私の髪を撫でるから、胸がきゅんとする。昔は、こんなに優しい目で見つめてなんてくれなかったのに。こんな風に触れられたりしなかったのに。頭は撫でてくれてたけど、ぽんぽんとかくしゃくしゃ撫でる感じで、今みたいに髪に指を絡めてすいていくように、しっかりと触れたことは一度も無かった。
「金曜は? 飲むなら週末のがいいから」
金曜日? 記憶をたどって気がついた。金曜日は、菊池君に飲みにつれて行かれる。さやかと里美にも声をかけてあるみたいだったし、あの二人にまでタッグを組まれたら、きっと行かないといけないんだろうと半ば諦めていた。
「先約があるって顔したな。じゃ、来週かな」
告げられた言葉に素直に頷けない。今日は火曜日、木曜日は先生が会議で遅いって言っていたし…金曜日が無理なら明日しかない。来週と言われるのは、至極当たり前なのに。それでも、来週まで会えないのが嫌だと思ってしまう自分が居た。
「北川。お前さ、そんな来週まで会えないの嫌っつー顔するなよ」
私の思考を見透かしたような先生の言葉に、思わず口を尖らせてしまう。なんでさっきから全部ばれてるんだろう。私殆ど喋ってないのに。
「そんなことないもん……」
「そう? んじゃ、来週な」
あっと思って見上げた先生の眼はさっきも見せた悪戯っぽい瞳で、私の反応を見てクスリと笑う。
「それじゃ」
悠然と口元に笑みを浮かべた先生に、くしゃりと頭を撫でられた。
「明日、仕事おわったら連絡寄越しな」
え? あれ? 明日?? 告げられた言葉にきょとんとしていると、そのまま背中を軽く押される。
「いつまで家の前に居るつもりだよ」
さっさと帰れと促されて、きちんと確認もさよならも言えないまま家の玄関に続く階段を上る。
「先生」
振り返った私に、ひらひらと先生が手を降ってくれた。