冷たい雨の降る夜だから
「お前、普段ちゃんと食ってんの? 昨日もろくに食ってなかったけど」

「食べてる、と思う」

 普段はともかく、昨夜は全然食べれなかった自覚はある。むしろ、先生がちゃんと私が食べているかどうかを見ていることの方に少し驚いていた。私は、先生がどのくらい食べてたかとか覚えてないのに。昨日の記憶は、電車の中で抱き止めて貰った時にリセットされてしまったように、電車に乗る前の事が曖昧になってしまっていた。

「そ? ならいいけど」

 それだけ言って、会話が途切れる。訪れた無言の時間に落ち着かなくて、私は口をひらいた。

「先生、車替えたんだね」

「あぁ、去年替えた」

 先生の車は、私が知っていた黒のコンパクトカーから黒のハイブリッドカーに変わっていた。

「静かだね」

 こうして乗ってみて気が付いたけれど、普通の車と違って、エンジンの音が殆どしなかった。

「ん、燃費すげーいい。お前免許もってんの?」

「持ってるけど、全然運転してないからペーパー」

 私の答えに先生はクスリと笑う。

「だよな。お前の運転下手そうだし」

「そこまで酷くないもん」

 膨れて言うとチラリと先生が視線だけ寄越す。

「んじゃ、今度運転してみ?」

「……え?」

「夜は怖いだろうから昼間かな」

 それは、お父さんの車を運転してみろってこと? それとも、昼間に会うって事? 車を運転している先生の横顔をチラリと見たけれど、先生が考えていることは伺い知ることは出来なかった。
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