冷たい雨の降る夜だから


 真っ暗な小さな部屋の中。座り込んだ冷たいリノリウムの床は、容赦なく翠の体温を奪っていった。身体はとうに冷え切っていて、もう寒いのかどうかすら判らなかった。

 聞こえてくるのは、いつの間にか降りだした雨がしとしとと降る音だけ。

 学校のどこか。化学室の奥かな? 生物室……かな? 生物室に付きもののホルマリン漬けの標本を思い出して身震いした。理科系の教室だと思うのは、無機質な机の脚が見えるから。

 この部屋がどんな部屋なのかも見もしないで逃げ込んだ。とにかく隠れたくて。誰にも見つからないようにしたくて。駆け込んだここに内鍵があったから、鍵をかけた。ここに座り込んでずいぶん経つことは、空が教えてくれていた。夕焼け空だった空は、とっくの昔に真っ暗になってしまっていたから。

 あの後、先輩はどうしたのだろう。思い出しただけで震えそうになる身体を両腕で抱き締めた。あの人は、そもそも逃げた翠を追ったりしたのだろうか。後ろを振り向かなかったから判らないけれど、本当は追ってきてすら居なかったのかもしれない。

 襲ってくる虚しさに、ひっくとまた嗚咽が零れた。

 誰も追ってきていないことは判っていた。だけど足がすくんでしまって、もう立つことも出来なかった。


< 7 / 139 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop