冷たい雨の降る夜だから


 イタリアンのお店でご飯を食べて、先生の車に戻ると、くしゃっと頭を撫でられた。

「今日はちゃんと食ってたな」

 偉い偉いと小学生にでもするように撫でられて、ちょっと心外で膨れた私の頬を先生はぷにっと摘まむ。

「北川、痩せたろ」

「え」

 なにそれ、そう思った私に先生は口元にちょっと意地悪な笑みを浮かべる。

「高校生の頃の方がほっぺたぷにぷにしてそーだった」

 ぷ……ぷにぷにって! 確かに高校生の頃より体重落ちたけど。確かに顔もちょっと痩せたけど。高校生の頃だってそんなにぷにぷにしてた訳じゃないもん! 不満たっぷりに先生を睨むと、クスクス笑われた。

「さてと、帰るか」

 帰る、その単語に思わずカーナビの画面に表示されている時計を確認してしまった。時間は21時を過ぎたところ。

「明日も仕事だろ?」

「……うん」

 音もなく走り出した車のなかで、何も言えずに俯いていた。夏帆にはちゃんと聞くように言われていたけど、言葉はなかなか出てこない。

 結婚してたらどうするの? 彼女が居たらどうするの?

 先生、もう結婚してそうな年だよね? あの頃だって彼女いたよね?

 ご飯を一緒に食べられる。話が出来る。やっと会えたのに、また会えなくなってしまうかもしれない不安に、きちんと聞かなきゃいけないと判っていても言葉にする事が出来なかった。
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