冷たい雨の降る夜だから
 切れた電話を片手に、私は目を閉じた。

 言っちゃった。聞きたいことあるって言っちゃったし、呼び出しちゃった。もう、後戻りできない。

 襲ってくる不安にぎゅっと自分の身体を抱きしめた。先生から「今から行く」とメールが届くまでの20分ほどの時間が2時間にも3時間にも感じられた。

 ロータリーに滑り込んできた、先生の車がウインカーを上げて停まる。助手席のドアを開ける手が、かすかに震えていた。助手席に座るのは、二回目。昔は座らせてもらえなかったその場所に座ると、先生の手がくしゃっと頭をなでた。

「会社でなんかあったのか?」

 何かと言うほどのことは無かったから、首を横に振る。

「飯は?」

「まだ」

「じゃ、先に飯食うか」

 聞きたいことがあるといって呼び出したのに、そんなことには一切触れずに、車は走り出した。

 私から呼び出したんだから、ちゃんと話さないといけないのは判っているのに、どう切り出して良いのか判らなくて車の中で会話はない。静かな車の中に、ヴーヴーッとスマホの音が響いて、いつまでも鳴り止まない呼び出し音に渋々と鞄の中から取り出すと、さやかからだった。だけど、さやかの電話で菊池君がかけているのだろうと想像がついて、電話には出ずにサイレントモードに切り替えた。

 着信履歴を確認すると、しばらく前にも着信があった。そして、また私の手の中で大きな画面が点灯する。

「電話、出ていいぞ?」

 首を横に振った。出たくなかった。先生と居る時間を邪魔されたくなかったし、こんな静かな車の中で出たら先生に電話の声は殆ど聞こえてしまいそうだと思うと、尚更出ることなんてできなかった。

 静寂に包まれた車内、先生がゆっくり口を開いた。

「北川。昔も言ったけど、お前はたまたま最初の男が最低だっただけだから。そんなに誰も彼も拒絶しなくて大丈夫だぞ」

 私が電話にでなくても、先生は電話の相手が男の人だと気づいてたのかもしれない。
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