冷たい雨の降る夜だから
 先生が連れてきてくれたのはちょっと奥まった場所にある洋食屋さん。家庭料理みたいな雰囲気で、小洒落ているというよりはアットホーム。

 何気なく頼んだドリアのボリュームにびっくりしたら笑われた。なんとか全部食べきったのを、良く食べたなと褒められたくらいのボリュームだった。

「で? 何? 聞きたいことって」

 食後に切り出されて、思わず俯いてしまう。これを聞いたら、私と先生の関係はどうなるんだろう。変わって……しまう? もう、会えなくなってしまう?

「えと……」

 口ごもった私を見て、先生はぽんと私の頭に手を置いた。

「車で話すか」

 頷くのが、精一杯だった。先生の車に乗ってからも、私は何もいえなくて、いつ、どんな風に話そうか緊張してのどばかりがカラカラになっていく。鞄に入っていたペットボトルの水を一口飲んで、漸く覚悟を決めた。

「先生」

「んー?」

車を運転中の先生は、当たり前だけど私の方を見ない。でも、丁度良かった。向かい合ってたら、怖くてとてもじゃないけど聞けそうに無いから。膝の上で抱えている鞄を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。

「先生、結婚……した?」

 訪れたのは、沈黙だった。ちらりと先生を盗み見たけれど、対向車もなくて薄暗い車の中で先生の表情は良く判らない。

「してたら、お前どーすんの?」

 その言葉に、心臓から一気に血が引いていったように胸の奥が冷えた。どうする……って。どうするって、そんなの……そんなの、どうもできるわけない。不倫なんて事……、どんなに先生が好きでも出来るわけ無い。奥さんから奪うなんて、できっこない。

 あぁ、先生ともう、会えないんだ。そう思っただけで、じわりと世界が滲んでいく。

「してたら……して、たら……」

 唇が震えて、続きの言葉を上手く紡ぐ事すら出来なかった。
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