冷たい雨の降る夜だから
 先生だよ。今一緒に居るのは新島先生。高校時代には馬鹿とかアホとか散々言って、二言目には早く帰れって言っていた新島先生。熱くなる頬に軽く手を当てて自分に言い聞かせるけれど、一度意識してしまったら熱は引いてくれなくて、心臓もドキドキと鳴りやまなくなってしまう。

「どした?こっちおいで」

 もう一度呼ばれて、手を引かれるとあっという間に先生の腕のなかに閉じ込められた。緊張していたはずなのに、先生の声や抱き締めてくれる胸の温かさや、腕の力強さに緊張がほどけていく。

「せんせ……」

 先生の腕のなかから見上げると、頬を撫でられて唇を塞がれた。昨夜もだったけれど、先生はゆっくり私が怖がらないように優しくキスをしてくれる。6年も会わなかったんだから言いたいことも、聞きたいことも、山のようにあるはずなのに、私も先生も無言だった。だけど、なにも言わなくても、伝わってくる。

 包み込む様に抱き締めてくれる腕と優しく触れる口付けが、先生がまだ一度も言葉にしてくれていない「好き」も「会いたかった」も何もかも全部伝えてくれている気がした。

 お昼ご飯を忘れるほどに、キスに没頭した私達が、さすがにお腹すいたねと早めの夕飯の相談を始めたのは、四時過ぎ頃だった。「有り合わせでよければ」と先生に言われた私は、あまりにも意外できょとんとして聞き返した。

「え?先生料理するの?」

「一人暮らし長いからな。お前より上手いかもな?」

「……そ、そんな下手じゃないもん!やればできるもん!」

 余裕の表情でさらっと馬鹿にされたから言い返したけれど、正直自信はなかった。だって、私はずっと実家暮らしで、特に料理を手伝ったりもしていない。そんな私の強がりを見透かした先生がニヤリと笑う。

「へぇ?じゃぁ何か作ってくれんの?」

 こんな挑発に乗ったのが間違いだった。
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