冷たい雨の降る夜だから
 -5分後。私は先生に絆創膏を貼って貰っていた。

「お前、開始1分は酷すぎるだろ」

 そんなの私だってそう思ってるもん。喉をならして笑う先生は、ちょっと拗ねてる私の人差し指に消毒液を垂らす。

「おー、スッパリやったな。血止まりにくそう」

 それ以前に凄い痛くて本気で泣きたい、と心の中で泣き言を漏らす。先生の家の包丁は、今まで使ったどれよりも切れ味が良かった。

「あんなに切れる包丁初めて」

「あぁ、そっか。俺慣れてるから忘れてた。言っとけば良かったな」

 言われてても切ったと思う、とこれまた心の中で言い返した。

「あと大人しくしてな。様子見て貼り替えろよ」

 先生はクスッと笑って私の頭を撫でてキッチンに消えていった。ズキズキと鼓動に合わせて痛む人差し指は、先生が言った通りなかなか血が止まらずに、見る間に絆創膏を赤く染めていく。

 私、ちょっと情け無さすぎない? 少しでも手伝おうと赤く染まった絆創膏を貼り替えてキッチンを覗くと、先生は慣れた様子で野菜を切っていた。

 私よりは上手いって言うか…普通に料理上手いんじゃ…? あまりにも手際がいいのでそんなことを思っていると、先生が肩越しに視線を寄越す。

「どうした?」

「先生、呆れてる?」

 私の問いに先生はふっと笑って答えた。

「いや。お前の料理とか端っから期待してねーし」

 期待されていないという期待に応えてあっさり手を切ってしまった私は、なにも言い返せずに口を尖らせた。

「なんかお手伝い、する」

「いいよ。絆創膏替えて大人しくしてな」

 言われてまだ痛む左手に視線を落とすと、ついさっき貼り替えたはずの絆創膏のガーゼは、既に真っ赤に染まっていた。

「心臓より下げとくと血止まりにくいから手ぇ上にあげとけよ」

 そう言って私の頭をくしゃりと撫でる先生の手。さっき私の手を包み込んでくれた大きな手。今、すごく器用に料理をしていた手。高校生の頃、私の頭をなでなでしてくれてた…先生の手。

「何?」

 じっと先生の手を見つめていると、その手で頬をつままれた。私の頬をふにふにと触った先生は、私の額にキスをして、ニヤリと口許に笑みを浮かべる。

「お前の手料理食えんのいつだろうな?」

 拗ねてそっぽを向いた私の頭を、高校生の頃にしてくれてたのと変わらない調子で先生がくしゃくしゃと撫でた。
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