冷たい雨の降る夜だから
「ごめん……なさい」
バクバクと心臓の音が耳の奥で聞こえる。自分でもどうしてか判らないけれど、凄く怖かった。手を振り払ってしまったのは私のはずなのに、どうして自分がそんなことをしてしまったのかも、あんなに怖いと思ったのかも全く理解できなかった。先生は、私から手を離して言った。
「大丈夫、何もしない。翠、お前が大丈夫になるまで、何もしないよ」
優しい言葉のはずなのに、先生の声が凄く遠くに聞こえた。つい今しがたまで抱きしめてもらっていて、耳元で優しく響いていたのに。先生がどこかに行ってしまいそうで怖くて、先生の腕に縋り付いた。
「せんせ、やだ」
どこにも行かないで、と先生の袖を握り締める。そんな私の頭を、先生がそっと撫でてくれる。
「翠、お前……」
先生は言いにくそうに言葉を切ってため息をついて、腕を掴んで離さない私を軽く抱き寄せた。
「平気か?」
頷くと、もっと強くぎゅうっと苦しいほどに強く抱きしめられた。何となく、さっき先生が言いかけた事が何なのか判った気がした。
先生は私に何があったか知ってる。どこまで何をされたかは、話していないけど、きっと知ってる。私と同じくらい、先生だってあの事を気にしてる。ため息のような先生の吐息と共に、抱きしめてくれている腕の力が少し緩む。
「忘れさせてやれるもんなら忘れさせてやりたい。全部俺の記憶で塗りつぶしてやりたい。翠、ちゃんと好きだから」
先生が、6年前とあまりに違いすぎて、頭がパンクしそう。この人はほんとに私が知ってる先生?? 実は中身別の人だったりしない?? そんなことあるワケないんだけど、そんなことを思ってしまう。
昔からここぞというときは優しかったけど、基本的にはドライな感じと言うか、恋愛とかそこまで興味ないみたいな感じだったのに。だから、今みたいなことを言われるなんて、考えもしてなかった。当たり前のように私の事を名前で呼ぶし、抱きしめてくれるし、キスだって…… 好きってこんなに、ストレートに言ってくれるような人だったの?そんな気配、全然なかったのに。
なによりも、私が知っている“彼氏”という存在と、先生は…全く違った。
道又先輩は、もっと高圧的だった。逆らっちゃいけない、そんな雰囲気があった。私はその支配すら先輩のモノになったように錯覚したけど、今ならちゃんとわかる。あれは、私の意思も自由も何もかも、奪うものだった。
先輩は、私のことを好きでもなんでもなかったんだ。
7年も経った今になってそんなことを思った。
『お前にもう用無いから』
私と先輩の終わりは一言のメールだった。こんなメールを見たら、そこには愛情なんて一欠もないのは一目瞭然だったのに、それでも私は、付き合っている間は先輩には好かれていた……と思いたかった。そう信じていたかった。
そうじゃないと、かわいそう過ぎたから。あんなになった私が、かわいそうだったから。
でも、やっとわかった。本当に、全然、全く、先輩と私の間に、一欠けらも、愛はなかったんだ。
瞼が熱くて、目を閉じたら熱い涙が頬に落ちた。
「また泣いてる」
泣いていることを気づかれないようにしているつもりだったのに、なんでばれるんだろう。
「……泣いてないもん」
出てきた声があまりにも涙声で、自分でもあまりにも酷い嘘だと思う。それでも先生はくすっと笑っただけで、強がって顔を上げない私の頬に落ちた涙を拭って、それ以上は何も言わずに、ぎゅうっと強く抱きしめてくれた。
バクバクと心臓の音が耳の奥で聞こえる。自分でもどうしてか判らないけれど、凄く怖かった。手を振り払ってしまったのは私のはずなのに、どうして自分がそんなことをしてしまったのかも、あんなに怖いと思ったのかも全く理解できなかった。先生は、私から手を離して言った。
「大丈夫、何もしない。翠、お前が大丈夫になるまで、何もしないよ」
優しい言葉のはずなのに、先生の声が凄く遠くに聞こえた。つい今しがたまで抱きしめてもらっていて、耳元で優しく響いていたのに。先生がどこかに行ってしまいそうで怖くて、先生の腕に縋り付いた。
「せんせ、やだ」
どこにも行かないで、と先生の袖を握り締める。そんな私の頭を、先生がそっと撫でてくれる。
「翠、お前……」
先生は言いにくそうに言葉を切ってため息をついて、腕を掴んで離さない私を軽く抱き寄せた。
「平気か?」
頷くと、もっと強くぎゅうっと苦しいほどに強く抱きしめられた。何となく、さっき先生が言いかけた事が何なのか判った気がした。
先生は私に何があったか知ってる。どこまで何をされたかは、話していないけど、きっと知ってる。私と同じくらい、先生だってあの事を気にしてる。ため息のような先生の吐息と共に、抱きしめてくれている腕の力が少し緩む。
「忘れさせてやれるもんなら忘れさせてやりたい。全部俺の記憶で塗りつぶしてやりたい。翠、ちゃんと好きだから」
先生が、6年前とあまりに違いすぎて、頭がパンクしそう。この人はほんとに私が知ってる先生?? 実は中身別の人だったりしない?? そんなことあるワケないんだけど、そんなことを思ってしまう。
昔からここぞというときは優しかったけど、基本的にはドライな感じと言うか、恋愛とかそこまで興味ないみたいな感じだったのに。だから、今みたいなことを言われるなんて、考えもしてなかった。当たり前のように私の事を名前で呼ぶし、抱きしめてくれるし、キスだって…… 好きってこんなに、ストレートに言ってくれるような人だったの?そんな気配、全然なかったのに。
なによりも、私が知っている“彼氏”という存在と、先生は…全く違った。
道又先輩は、もっと高圧的だった。逆らっちゃいけない、そんな雰囲気があった。私はその支配すら先輩のモノになったように錯覚したけど、今ならちゃんとわかる。あれは、私の意思も自由も何もかも、奪うものだった。
先輩は、私のことを好きでもなんでもなかったんだ。
7年も経った今になってそんなことを思った。
『お前にもう用無いから』
私と先輩の終わりは一言のメールだった。こんなメールを見たら、そこには愛情なんて一欠もないのは一目瞭然だったのに、それでも私は、付き合っている間は先輩には好かれていた……と思いたかった。そう信じていたかった。
そうじゃないと、かわいそう過ぎたから。あんなになった私が、かわいそうだったから。
でも、やっとわかった。本当に、全然、全く、先輩と私の間に、一欠けらも、愛はなかったんだ。
瞼が熱くて、目を閉じたら熱い涙が頬に落ちた。
「また泣いてる」
泣いていることを気づかれないようにしているつもりだったのに、なんでばれるんだろう。
「……泣いてないもん」
出てきた声があまりにも涙声で、自分でもあまりにも酷い嘘だと思う。それでも先生はくすっと笑っただけで、強がって顔を上げない私の頬に落ちた涙を拭って、それ以上は何も言わずに、ぎゅうっと強く抱きしめてくれた。