冷たい雨の降る夜だから
 飲み屋の店内を見回していると、さやかの声が聞こえた気がして視線を奥へとむける。

「翠ー」

 こっちこっち、と奥のテーブル席から手を振ってくれているのは、やっぱりさやかだった。同期の女の子と飲む時は大抵このお店。

「先に飲んでた、ごめんね」

「さやかと里美も居たんだ」

 メールをくれたのは夏帆だったのと、何よりこの2人はてっきりバレンタイン直前の追い込みに入っているかと思っていた。まだどちらからも彼氏出来たよという報告を聞いていなかった。そして、私もまだ先生と付き合い始めたことを夏帆にしか言っていない。

「マナも来るよん。お昼にロッカーで捕まえたの」

 と里美。

「さー、今日はガンガン飲むよー! マナ来たら飲み放題にするからね。とりあえず、翠何に飲む?」

 そう言って突きつけられたのはドリンクメニュー。この時点で、さやかが既に自棄酒っぽい妙なテンションだとは感じ取っていた。そして案の定、仕事を終えた愛香が到着する頃には、さやかの愚痴が止まらなくなっていた。

「ほんと最低。彼女居るんだったら合コンくんなっ」

 どうやらいい感じになって来ていた人に彼女が居るのが昨日発覚したらしい。この間の同期の飲み会の時に、嬉しそうに話していた人なのだろうと思うと可哀想で、かける言葉を探すけれど、恋愛経験の乏しい私にはどんな言葉が良いのかわからずにただ聞き役に回っていた。

「さやか、荒れてんね」

 既に目が据わっているさやかに、ソファに座りながら愛香は苦笑い。まだまだ飲むよと息巻くさやかを横目に他の4人で相談をして、結局さやかを宥めすかして漸く静かになった。
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