冷たい雨の降る夜だから
 結局何も買わずに電車に乗って家に向かいながらため息をついた。

 会社を出たときにしとしと降っていた雨が、いつの間にか止んでいた事だけが救いだった。

 だけど、改札を抜けてから、やっぱりこのまま帰りたくないと思い直してスマホを取り出した。このまま先生と話も何もしなかったら、絶対に怖い夢を見る。

「翠?」
 
 数コールで電話に出てくれた先生の声は、拍子抜けてしまいそうな程いつも通りで、電話に出てもらえないかもなんて思って居た私の方が、上手く声が出てこない。

「おい、翠? 喋んないなら切るぞ」

「あ、わ、まって!! お願い切らないでっ」

 今電話切られたら私、泣いちゃう、と慌てて叫んだ。

「どーした?」

 返ってきた先生の声は少し呆れているような響き。どうした?と聞かれると、胸がぎゅっと痛い。先生に、嫌われてないか怖くてたまらなくて、電話したのに。

「翠?」

「先生、仕事終わった?」

「大体ね」

 まだ終わっていないけど電話に出るって事は、今は準備室かな? 

「お前は?」

「あ、うん、今帰り」

「遅かったな」

「うん、駅で寄り道しちゃった」

 先生とは、家で会うときも会話が無い時間はあるけど、先生となら苦痛じゃない。でも、電話だと沈黙はちょっと苦手だった。しかも、昨日あんなことがあったからなお更。

「先生、会いたい、な」

 先生の返事はすぐには返ってこなくて、その沈黙がとても長く感じられて、言わなきゃよかったかな、と後悔がよぎっていった。
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