冷たい雨の降る夜だから
「ちょっと待っててね」

 そういって歩いていってしまった藍をあっけにとられて私が見てると、後ろで先生が笑い出した。

「さすがだな、お前の妹。高校の頃のお前そっくりじゃん」

 私あんなだった? と見上げると先生は意地の悪い笑みを浮かべて言う。

「あんなだったよ。やかましいトコとか、暴走しがちなトコとかすげー似てる」

「そこ?!」

 そこ似てるっていわれても全く嬉しくない!! と私が不機嫌な顔をしていると先生の口元からふっと笑みが消えた。
 
「お前、昨日早く帰したの気にしてる?」

 あまりにも私の気持ちを見透かした先生の言葉に、返事に詰まった。藍の登場ですっかり空気が変わってしまっていたけれど、元々はそうだったのだ。急に戻ってきた気まずい空気に、返事を返せずに俯いていたら、先生の手が頭をくしゃくしゃと撫でてくれる。

「昨夜、普通に理性が吹っ飛びかけた。だから早く帰した、ごめん」

 先生はそういって息をついた。

「ぶっちゃけだいぶご無沙汰だから、お前部屋に泊めるの結構しんどい」

 だいぶご無沙汰って、と頬が熱くなる。先生、この5年の間にも彼女、居たりしたんだよね、きっと。

「だからいつも家に帰してた。っても別に泊まったからって無理にする気は無いから、心配するなよ。別々に寝てもいいし」

 違うの、と言いたいのに、どうしても言葉が出てこなかった。私も昨日あのまま先生と最後までって……思ったんだよ。だけどそれを言葉にしようとすると、声が出ないかのように言葉に詰まってしまう。

 暫くすると、ちょっと大き目のバッグを持った藍が戻ってきて、私に突きつけた。

「はい。横のポケットにサンプルだけど化粧水入れといたから。おかーさんにはてきとーに言っとくから連絡入れなくていいよ。じゃ、いってらっしゃい」

 藍はニッと不敵な笑いを私にくれてから、先生にぺこりと頭を下げる。

「うちの姉をよろしくお願いします」

「お預かりします」

 ばいばーいと手を振って藍が軽やかに帰っていくのを、私は狐につままれたような気分で見送った。藍ってばお泊りに用意周到すぎる。変なところで妹に感心してしまっていた。
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