冷たい雨の降る夜だから
 なんとなく緊張しながら先生の車に乗ると、先生に頭を撫でられて顔を上げると、先生は少し寂しそうに笑う。

「なんも無かったら、お前もあんなになってたんだろうな」

 それはそうかもしれない。私と藍は、昔はよく似ていたはずだから。今私が抱えてるような悩みが無ければ、私もさやか達と一緒に楽しく飲み会に行ったり、彼氏の所に泊まりに行ったりしていたんだろう。

 だけど、それが良いのか悪いのかよく判らなかった。

「でも、何も無かったら先生と会うこと無かったし」

「俺と会えなくたって、あんなこと無かったほうがよかっただろ」

 躊躇うことなくはっきりと告げられた言葉に、ズキンと胸が痛む。頬を熱い涙が落ちていくので初めて泣いていることに気がついた。

「……ごめん」

 涙を拭ってくれた先生の手は、温かかった。

「先生は、私と会えなくてもよかった?」

「お前にとってどっちが幸せかってのを考えたら、無かった方がよかったと思う」

 先生は私の髪をくしゃっと撫でて言った。

「だけど俺は、年甲斐もなく会えもしないお前に6年も片思いするくらい、お前が好きだよ」

「今、そんな事言うなんてずるい」

 先生の言葉一つであふれてくる涙の意味が、全然変わってしまう。私のほうに身体を乗り出してきてくれた先生とキスを一つ。

「今日は、理性吹っ飛ばさないように善処します」

 クスッと笑って言われた一言に、私は言葉も返せなくて俯くしか出来なかった。
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