無愛想教師の恋愛事情
三者面談
それは6月の中旬、じめじめと蒸し暑く、そろそろ梅雨入かという季節。
私は妹の中学校の教室にいる。窓は開いていて、多少の風はあるが別段心地よくはない。

時刻は夕方5時。
教室にいるのは私と妹、そして担任の一之瀬先生。何故、今時分三者面談かというと…

「清水さん。実は唯さんの成績の事で来て頂きました。
唯さんの成績の状況はご存知ですよね?」

ドキッ。忙しさにかまけて、唯の成績なんて気にもしていなかった…。確かに、勉強が出来るか出来ないかといったら出来ないタイプ…

「すみません。最近というか…実はあまり把握できてません。」

「清水、お姉さんにテスト結果を報告してないのか?」
先生は無表情で妹に聞く。無表情なのに威圧感が凄い。

「見せてません。お姉ちゃんは仕事や家事で大変なのに、私の悪い点数を見せたら申し訳ないかなーと思って。あはっ」

「…。」
「…。」

一之瀬先生は多分、私が同席してなければ怒鳴っていただろう。先生のペンを持つ右手が、微かに震えているのが分かる。
一之瀬先生はさらさら黒髪に、目鼻立ちが整ったすっきり顔。さらに高身長ときている。非常に女子生徒にモテそうだが、現実は違うようだ。
このイケメンは、笑顔が出来ないのかと思える程笑うことはなく、睨まれればブリザードのように相手を震えさせる。とにかく厳しく融通が効かないので、生徒達からはこの上なく不人気らしい。

「保護者はお姉さんお一人ですか?」

「はい。両親とも他界してまして、近くに親戚もいないので、保護者は私一人です。」

一之瀬先生はじっと私の目を見る。私は蛇に睨まれた何とかのように、額から汗がにじみ出た。

「すみません。私の収入で生活してるので、塾に行かせる余裕がないんです。私が…時間を見つけて勉強に付き合います。」

「たしか、弟さんもいましたよね?高校3年の…」

先生は、個人調査票を見て呟く。

「はい。おります。」

「弟さんの高校卒業後の進路は?」

「私は大学に行かせたいと思ってます。」

「…。」
「…。」
「…。」

暫し三人の沈黙が続く。
最初に口を開いたのは唯だった。

「哲兄は、頭いいから大丈夫。多分いい大学行けるよ!」

「お兄さんの事はわかった。問題は唯、お前だ!」

ははは…。恥ずかしいやら情けないやら。
今すぐアパートに逃げ帰りたい。

「今のままでいたら、行ける高校がなくなるぞ?金のかかる私立にでも滑り込んで、今以上にお姉さんに苦労をかけるつもりか?」

「それは…」

さすがの楽天家な妹も表情が暗く沈む。

「大丈夫だよ。唯。お姉ちゃん勉強見てあげるし、哲にも教えてもらおう?頑張ろう?」

「哲兄は嫌。すごい意地悪だから。」

「なっ…」

先生の手前、言葉に詰まる。少しは空気を読めと妹に言いたい。
気付けば、時計の針は午後6時を回っていた。

「とにかく、清水。今ならまだ間に合う。何とか努力しよう。分からないところは先生に質問に来い。いくらでも教えてやるし、他の先生でも誰にでも聞いたらいい。」

「わかりましたっ!」

唯は頭をぺこりと下げる。

「挨拶は100点だな…。」

とほほ…

「お姉さん。私も唯さんの為に何か考えたいと思います。また後日、連絡差し上げます。今日のところはこの辺で。」

「ご迷惑おかけします。妹をどうかよろしくお願いします。」

「わかりました。お気をつけてお帰りください。」

私は深々と頭を下げ、唯を連れて教室をあとにした。
最後まで、一之瀬先生に笑顔はなかった。

* * *


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