無愛想教師の恋愛事情
アパートの部屋には明かりがついていた。哲が先に帰宅していたようだ。

「ただいま~、お腹減ったあ~。哲兄、晩ごはん何?」

グツグツと鍋を煮込む音がする。

「お帰り、姉ちゃん…なんか大変な話だったのか?顔が…」

玄関を開けてすぐの台所から、弟の哲が出迎える。

「ただいま。もう、仕事するより疲れたわ。哲、聞いてよ…」

「お兄ちゃん、晩ごはん何?カレー?」

「うるっせー、こっからはお前が作れ!あとは火を止めてルー入れるだけだ。やれっ!」

「えーっ!?」

なんでよ~と、ぶつぶつ言いながらも、唯は手を洗いカレー作りを引き継ぐ。

「で、話の内容はやっぱ唯の成績か?」

「そうなのよ。このままでは高校行けないって。今から手を打たないと大変だって、先生にはっきり言われた。
私、時間見つけて勉強教えるわ。哲も協力してくれる?」

「そうだな。俺も自分の勉強しながら、唯の…」
「嫌だよ。」

間髪入れずに、唯が口をはさむ。

「お前に拒否権ねえぞ。姉ちゃんは仕事で忙しいんだ。必然的に俺が教えるしかないだろう。受験生で多忙なこの俺が!」

「哲兄は、すぐ怒るんだもん。一人で勉強した方がましだよ!」

どの口が言うと、哲と唯の口喧嘩が始まる。

「わかった、わかった。もう今日はやめよう。お姉ちゃんもお腹減った…。さあ、カレー食べよう。
哲、ありがとうね。作ってくれて助かった。唯もありがとう。」

喧嘩の炎に水がかけられたかのように、急に二人は静かになり、カチャカチャと食事の準備を始めだした。哲も唯も、姉の理花には頭が上がらないし、理花が自分達の為に苦労していることを十分理解している。
理花を困らせる事は基本したくない。…唯の成績を除いて。

「いただきま~す。」

さっと刻んだサラダも添えて、ささやかだけど幸せな晩餐。
7年前に病気で母が亡くなり、必然的に私が母の代わりに家事をしてきた。私の帰りが遅くなると、哲は器用に冷蔵庫の中を見て、適当にチャーハン等を作ってしまうような子だった。私よりも料理は上手かもしれない。

そして2年前に父も亡くなった。心不全で、あっという間にこの世を去った。保険金も下りたが、先々二人の進学のために貯めておきたい。私は大学を諦め、リラクゼーションマッサージの仕事に就いた。

高校3年生の哲は姉の目から見ても、なかなかの男前だ。特にお洒落する訳じゃないし、愛想が良い訳でもない。それでも毎年バレンタインには、チョコをどっさり持ち帰る。凄くもてるはずなのに、何故か彼女は作らない。

私が仕事で遅い日は、こうして家事を手伝ってくれる優しい子。甘えん坊の唯とは喧嘩ばかりしているが、本当は誰よりも唯を心配していることを私は知っている。

私は大学を諦めたけど、哲は絶対に大学に行かせると決めている。それが、ここ最近の一番の願い。
二番目の願いは、唯の成績をどうにかして向上させたい。
唯は末っ子で、両親から可愛がられ、甘え上手で生きてきた。私も年の離れた妹なので、やはり可愛いし、つい甘やかしてしまう。哲は年が近い分、かなり唯には厳しいが、マイペースの妹には敵わないところが兄の悲しさかな。

そんな末っ子気質の可愛い妹だが、そう甘やかしてもいられない。善は急げ。早速、今夜からマンツーマンで勉強開始としよう。

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