無愛想教師の恋愛事情
あなたの心もほぐします
最寄り駅から電車で一駅。駅ビルの中にあるリラクゼーションルーム「Hearing」そこが私の勤め先。私は毎週水曜と不定期の休みをもらっている。
朝10時から休憩を挟み夜7時まで働く。営業時間はもっと遅いが、諸々の事情があって夜7時で帰らせてもらっている。
この仕事をしている理由。それは亡くなった母の病気療養がきっかけだった。
母が亡くなる間際、手足がパンパンに浮腫み本当に辛そうだった。私は見舞いに行く度に何か出来ないかと必死でマッサージをしていた。すると心なしか浮腫みが和らいだ気がして、母も気持ちがいいととても喜んでくれた。
それが、母にしてあげられた最後の親孝行だった。
その時の嬉しそうな母の顔が忘れられず、また誰かを癒してあげたい、母の代わりに…そんな気持ちから今の仕事を選んだのだった。
正直楽な仕事ではない。仕事帰りには、逆に自分が癒してもらいたいくらい疲れてしまう。
今日は土曜日。昼間の店は予約客で一杯だったが、夕方には客はまばらに減ってきた。7時まであと少しだ。
頑張ろう…
「理花ちゃん、お客さん指名きたよ。」
「はい!わかりましたっ。」
先輩の田中さんが、眉間に皺を寄せて小声で囁く。
「男性客なのよ。それも初めてのお客さん。理花ちゃん、大丈夫?断ろうか?」
「初めてのお客?」
私はあまり人付き合いをしないし、男性の知り合いはいないに等しい。不審にも感じたが…
「初めてなら、もしかして誰かが紹介してくれたのかもしれません。多分大丈夫でしょう。やってみます。」
「わかった。まかせるね。」
田中さんは笑顔で受付に戻っていった。
ベッドや枕、タオルの位置を確認してお客を迎えに行く。
「いらっしゃいませ。本日施術させて頂きます、清水です。」
顔を上げて、お客さんの顔を見た。
「あっ!」
「こんにちは。」
驚いた。
立っていたのは一之瀬先生だった。黒のデニムパンツにネイビーのテーラードジャケットを着こなした先生は、面談の時とは別人のようだった。格好いい…。
「忙しいのに、指名して申し訳なかったかな?」
「い、いいえ、とんでもありません。あ、えっと…
こちらへどうぞ…」
私は焦りながらも、先生をカーテンで仕切った施術部屋に案内した。
「どうぞ、椅子にお座り下さい。このようなマッサージは初めてですか?」
唯の話では能面、サイボーグ、鬼、悪魔…それはそれは日々酷い言われようの一之瀬先生。
その先生が、ふわりとした笑顔を浮かべて答えた。
「初めてです。実は買い物しながら歩いていたら、そこの近くで割引券をもらったので…もしや清水さんのお姉さんの店かと思い、入ってしまいました。」
「そうでしたか。よくお店がわかり…あ、調査票の保護者欄に記入しましたね、私。」
なんだか急に恥ずかしくなり、頬が熱くなる。
「あ、でも調べた訳ではなくて、清水さんと指名したのは、一か八かの賭けで…みごとに当たりましたけどね。」
慌ててよく分からない説明をしだした一之瀬先生。二人目を合わせて思わず吹き出した。
「あははっ……と、笑ってちゃ駄目です。お客様、持病は何かございませんか?」
笑いをこらえながら、簡単な問診を始めていく。
一之瀬先生の笑顔のお蔭で、私も緊張が溶けて、いつもの自分を取り戻した。
唯ってば、話が違うじゃないの。笑顔が凄く素敵で、不覚にもときめいてしまったじゃない。真面目な表情も素敵だけど。
…いやいや、仕事中だから。集中集中…。
「ご希望のコースは、もみほぐしの…おためし30分コースですね。重点的にほぐしたい場所はありますか?」
「肩と頭をお願いします。」
「わかりました。では、靴を脱いでベッドに横になってください。」
さっきの笑顔は何処へやら。急に先生は真剣な表情になり、ベッドに横になった。
「その枕に顔を乗せて、うつ伏せに寝て下さいね。」
「…。」
? 黙りこむ先生。おーい、大丈夫ですか?心の中で問いかける。そして頭から背中にかけて、バスタオルをふわりとかけた。
「では、始めますね。頭から、徐々に肩周辺をほぐしていきます…。痛い時は無理せず教えて下さいね。」
「はい…。」
それからの30分。私はひたすら心を込めてマッサージをした。一之瀬先生の疲れが少しでも癒されますように。
* * *
朝10時から休憩を挟み夜7時まで働く。営業時間はもっと遅いが、諸々の事情があって夜7時で帰らせてもらっている。
この仕事をしている理由。それは亡くなった母の病気療養がきっかけだった。
母が亡くなる間際、手足がパンパンに浮腫み本当に辛そうだった。私は見舞いに行く度に何か出来ないかと必死でマッサージをしていた。すると心なしか浮腫みが和らいだ気がして、母も気持ちがいいととても喜んでくれた。
それが、母にしてあげられた最後の親孝行だった。
その時の嬉しそうな母の顔が忘れられず、また誰かを癒してあげたい、母の代わりに…そんな気持ちから今の仕事を選んだのだった。
正直楽な仕事ではない。仕事帰りには、逆に自分が癒してもらいたいくらい疲れてしまう。
今日は土曜日。昼間の店は予約客で一杯だったが、夕方には客はまばらに減ってきた。7時まであと少しだ。
頑張ろう…
「理花ちゃん、お客さん指名きたよ。」
「はい!わかりましたっ。」
先輩の田中さんが、眉間に皺を寄せて小声で囁く。
「男性客なのよ。それも初めてのお客さん。理花ちゃん、大丈夫?断ろうか?」
「初めてのお客?」
私はあまり人付き合いをしないし、男性の知り合いはいないに等しい。不審にも感じたが…
「初めてなら、もしかして誰かが紹介してくれたのかもしれません。多分大丈夫でしょう。やってみます。」
「わかった。まかせるね。」
田中さんは笑顔で受付に戻っていった。
ベッドや枕、タオルの位置を確認してお客を迎えに行く。
「いらっしゃいませ。本日施術させて頂きます、清水です。」
顔を上げて、お客さんの顔を見た。
「あっ!」
「こんにちは。」
驚いた。
立っていたのは一之瀬先生だった。黒のデニムパンツにネイビーのテーラードジャケットを着こなした先生は、面談の時とは別人のようだった。格好いい…。
「忙しいのに、指名して申し訳なかったかな?」
「い、いいえ、とんでもありません。あ、えっと…
こちらへどうぞ…」
私は焦りながらも、先生をカーテンで仕切った施術部屋に案内した。
「どうぞ、椅子にお座り下さい。このようなマッサージは初めてですか?」
唯の話では能面、サイボーグ、鬼、悪魔…それはそれは日々酷い言われようの一之瀬先生。
その先生が、ふわりとした笑顔を浮かべて答えた。
「初めてです。実は買い物しながら歩いていたら、そこの近くで割引券をもらったので…もしや清水さんのお姉さんの店かと思い、入ってしまいました。」
「そうでしたか。よくお店がわかり…あ、調査票の保護者欄に記入しましたね、私。」
なんだか急に恥ずかしくなり、頬が熱くなる。
「あ、でも調べた訳ではなくて、清水さんと指名したのは、一か八かの賭けで…みごとに当たりましたけどね。」
慌ててよく分からない説明をしだした一之瀬先生。二人目を合わせて思わず吹き出した。
「あははっ……と、笑ってちゃ駄目です。お客様、持病は何かございませんか?」
笑いをこらえながら、簡単な問診を始めていく。
一之瀬先生の笑顔のお蔭で、私も緊張が溶けて、いつもの自分を取り戻した。
唯ってば、話が違うじゃないの。笑顔が凄く素敵で、不覚にもときめいてしまったじゃない。真面目な表情も素敵だけど。
…いやいや、仕事中だから。集中集中…。
「ご希望のコースは、もみほぐしの…おためし30分コースですね。重点的にほぐしたい場所はありますか?」
「肩と頭をお願いします。」
「わかりました。では、靴を脱いでベッドに横になってください。」
さっきの笑顔は何処へやら。急に先生は真剣な表情になり、ベッドに横になった。
「その枕に顔を乗せて、うつ伏せに寝て下さいね。」
「…。」
? 黙りこむ先生。おーい、大丈夫ですか?心の中で問いかける。そして頭から背中にかけて、バスタオルをふわりとかけた。
「では、始めますね。頭から、徐々に肩周辺をほぐしていきます…。痛い時は無理せず教えて下さいね。」
「はい…。」
それからの30分。私はひたすら心を込めてマッサージをした。一之瀬先生の疲れが少しでも癒されますように。
* * *