無愛想教師の恋愛事情
買い物に来たというのは嘘じゃない。ちょうどTVのリモコンの電池が切れたから、買う必要があったのだ。
ただし、それをわざわざ一駅先のドラッグストアーで買う必要があったのか?と聞かれれば、その必要は全くない。この駅ビル内に理花さんが働くマッサージ屋が入っていることを知り、なんとなく、ふらりと出掛けてしまった…というのがのが正直な理由だった。
先日の面談以来、ふとした瞬間に清水のこと…いや、清水の姉のことを考えてしまうのだ。教師失格だ。
両親を早くに亡くし、家族の為に働き、面倒を見ている心優しい理花さん。心も美しいが外見も美しい。その彼女が家族の為に、身を粉にして働く姿を見てみたい。
そして、あわよくば俺が、彼女の不安や悩みを取り除いてあげたい…
ヤバイだろう。
今、俺は自分が変質者じみていることに気づく。このままでは、そのうち黒板に無意識に彼女の名前を書きなぐってしまうかもしれない……
そんなことを考えながら、土曜日の昼下がり、とぼとぼと駅ビルに足を踏み入れる。エスカレーターで4階に向かい、昇りきった先には、女の人が待ち構えていた。
「こんにちは~。マッサージお試しコースの料金が半額になる割引券で~す。お時間がありましたら、この機会に是非どうぞ~。」
化粧の濃い女の人が、笑顔で俺に渡そうとする。普段なら無視して通り過ぎる。が、今日は違う。何故なら、その割引券は理花さんの働く店の割引券だからだ。
目線の先には、店の名前「Hearing」の洒落た看板が見えた。
悩んだ。
フロアの左奥にあるカフェに入り、割引券をじっと眺めていた。
店に入って理花さんに会いたい。
でも妹の担任の俺が、その姉にわざわざ会いに来るとか絶対変だろう。
そうか?ただの客としてならどうだ?ただの客…。
そう受け取ってもらえるだろうか?
変な目で見られるかもしれない。
いや、理花さんはそんな人ではない……はず。
唯から俺の話を聞いてるんだろうなぁ。
俺は生徒達に絶対的に好かれてない自信がある。何故なら、日々嫌われるようにわざと仕向けているからだ。
これには訳がある。
大学を卒業したての新米教師の頃、まだ俺は自然体で教壇に立っていた。一ヶ月が過ぎた頃、受持ちのクラスの女子達がざわざわしだし、徐々に他クラスまで波及していった。
数学の課題を回収すれば、ノートの最後に「先生だあ~い好き」のメッセージが落書きしてある。しかも一人二人ではない。最初は嬉しいと思っていた。が…。
なかには、質問ですと近づいては、ぐいぐい胸を押し付けてくる強者もいた。生徒ばかりか母親達まで俺に色目を向けてくるのには正直耐えられるもんじゃない。
そして、ある日事件は起こった。
クラスの女子生徒の一人が、俺を好きだと告白してきた。当然、気持ちだけありがとうと礼を言い、学生は勉強第一だ!好きだ嫌いだとか言ってる場合か!と檄をとばした。
女子生徒が先生に告白した、そしてフラれたらしいとの情報は瞬く間に広まり、学校全体での騒動となる。
校長や教頭から、やんわり注意され、同僚からは道を踏み外すなよと生暖かい声援を送られた。
もう嫌だ。二度とこんな騒動に巻き込まれたくない。
教師を辞めようかとも考えたが、思い直した。
そうだ。嫌われればいいんだ。厳しくて、怖いと恐れられる教師を目指そう。そう心に決めたのだ。
* * *
さっきから、店の女性店員がじろじろと見てくる。さすがに割引券を眺めて考えこむ男は不気味なんだろうな…。
散々悩み、葛藤の末、俺は理花さんのマッサージを受けることにした。
俺に会った時の理花さんの顔。そりゃ驚いただろう。
先日の面談で厳しい話をした自分が、いきなり客として現れたんだから。しかも、指名までして。賭けだった。仕事が休みかもしれない。他の客に対応中かもしれない。でも、このチャンスに外れくじを引きたくなかったのだ。
「靴を脱いでベッドに横になって下さい。」
優しい声だな。気づいたら、顔がにやけていた。駄目だ、ますます自分が変態に思える。真顔だ真顔…。
ベッドに横になると、近づいた理花さんから、ほのかに花の香りがした。いい香りだ…ヤバい。
頭から上半身にタオルを掛けられた。頭を優しくマッサージされる。き…気持ちいい。そして理花さんにマッサージされてるのかと思うと、なんていうか、説明出来ない何かがプラスされる…。
理花さんの優しい手が、適度な力加減で肩に移動していく。ぐぐぐぐぐっ…
「かなり凝ってますね。先生のお仕事は大変なんでしょうね…」
「はい…まあ、楽ではない…かな…」
「うちの唯みたいなのもいますしね。本当にすみません…」
「いや…そんなことない…す…うっ…」
仮に唯の成績が優秀だったら、清水家の事情や諸々に感情移入することはなかっただろう。
そう考えると、唯にありがとうと言いたい。
心地よいマッサージを受けながら考えた。
何とかして唯の成績を上げたい。
理花さんの重荷を軽くしたい…教師というより、男として彼女達のために役に立ちたい。
なんだかやる気が湧いてきた。
こんな気持ちは久しぶりだ…。
唯。必ず俺がなんとかしてやるからな。
* * *
その頃、清水家では…
ぶるぶるっ…。
「どした?」
「なんか急に寒気がした…。風邪ひいたかなぁ」
「大丈夫だ、なんとかは風邪なんかひかねえよ。
早く問題解け。一年生の最初のところだぞ。」
哲兄が定規でペシペシとノートを叩く。
「もうやだ。イケメンで優しい家庭教師だったらやる気出るのに。」
「俺も相当イケメンだぞ。贅沢言うな。」
(自分で言ってるよ。キモい。)
反論するのも面倒くさくなり、唯は鉛筆を持ち直して、問題を解き始めた。
ただし、それをわざわざ一駅先のドラッグストアーで買う必要があったのか?と聞かれれば、その必要は全くない。この駅ビル内に理花さんが働くマッサージ屋が入っていることを知り、なんとなく、ふらりと出掛けてしまった…というのがのが正直な理由だった。
先日の面談以来、ふとした瞬間に清水のこと…いや、清水の姉のことを考えてしまうのだ。教師失格だ。
両親を早くに亡くし、家族の為に働き、面倒を見ている心優しい理花さん。心も美しいが外見も美しい。その彼女が家族の為に、身を粉にして働く姿を見てみたい。
そして、あわよくば俺が、彼女の不安や悩みを取り除いてあげたい…
ヤバイだろう。
今、俺は自分が変質者じみていることに気づく。このままでは、そのうち黒板に無意識に彼女の名前を書きなぐってしまうかもしれない……
そんなことを考えながら、土曜日の昼下がり、とぼとぼと駅ビルに足を踏み入れる。エスカレーターで4階に向かい、昇りきった先には、女の人が待ち構えていた。
「こんにちは~。マッサージお試しコースの料金が半額になる割引券で~す。お時間がありましたら、この機会に是非どうぞ~。」
化粧の濃い女の人が、笑顔で俺に渡そうとする。普段なら無視して通り過ぎる。が、今日は違う。何故なら、その割引券は理花さんの働く店の割引券だからだ。
目線の先には、店の名前「Hearing」の洒落た看板が見えた。
悩んだ。
フロアの左奥にあるカフェに入り、割引券をじっと眺めていた。
店に入って理花さんに会いたい。
でも妹の担任の俺が、その姉にわざわざ会いに来るとか絶対変だろう。
そうか?ただの客としてならどうだ?ただの客…。
そう受け取ってもらえるだろうか?
変な目で見られるかもしれない。
いや、理花さんはそんな人ではない……はず。
唯から俺の話を聞いてるんだろうなぁ。
俺は生徒達に絶対的に好かれてない自信がある。何故なら、日々嫌われるようにわざと仕向けているからだ。
これには訳がある。
大学を卒業したての新米教師の頃、まだ俺は自然体で教壇に立っていた。一ヶ月が過ぎた頃、受持ちのクラスの女子達がざわざわしだし、徐々に他クラスまで波及していった。
数学の課題を回収すれば、ノートの最後に「先生だあ~い好き」のメッセージが落書きしてある。しかも一人二人ではない。最初は嬉しいと思っていた。が…。
なかには、質問ですと近づいては、ぐいぐい胸を押し付けてくる強者もいた。生徒ばかりか母親達まで俺に色目を向けてくるのには正直耐えられるもんじゃない。
そして、ある日事件は起こった。
クラスの女子生徒の一人が、俺を好きだと告白してきた。当然、気持ちだけありがとうと礼を言い、学生は勉強第一だ!好きだ嫌いだとか言ってる場合か!と檄をとばした。
女子生徒が先生に告白した、そしてフラれたらしいとの情報は瞬く間に広まり、学校全体での騒動となる。
校長や教頭から、やんわり注意され、同僚からは道を踏み外すなよと生暖かい声援を送られた。
もう嫌だ。二度とこんな騒動に巻き込まれたくない。
教師を辞めようかとも考えたが、思い直した。
そうだ。嫌われればいいんだ。厳しくて、怖いと恐れられる教師を目指そう。そう心に決めたのだ。
* * *
さっきから、店の女性店員がじろじろと見てくる。さすがに割引券を眺めて考えこむ男は不気味なんだろうな…。
散々悩み、葛藤の末、俺は理花さんのマッサージを受けることにした。
俺に会った時の理花さんの顔。そりゃ驚いただろう。
先日の面談で厳しい話をした自分が、いきなり客として現れたんだから。しかも、指名までして。賭けだった。仕事が休みかもしれない。他の客に対応中かもしれない。でも、このチャンスに外れくじを引きたくなかったのだ。
「靴を脱いでベッドに横になって下さい。」
優しい声だな。気づいたら、顔がにやけていた。駄目だ、ますます自分が変態に思える。真顔だ真顔…。
ベッドに横になると、近づいた理花さんから、ほのかに花の香りがした。いい香りだ…ヤバい。
頭から上半身にタオルを掛けられた。頭を優しくマッサージされる。き…気持ちいい。そして理花さんにマッサージされてるのかと思うと、なんていうか、説明出来ない何かがプラスされる…。
理花さんの優しい手が、適度な力加減で肩に移動していく。ぐぐぐぐぐっ…
「かなり凝ってますね。先生のお仕事は大変なんでしょうね…」
「はい…まあ、楽ではない…かな…」
「うちの唯みたいなのもいますしね。本当にすみません…」
「いや…そんなことない…す…うっ…」
仮に唯の成績が優秀だったら、清水家の事情や諸々に感情移入することはなかっただろう。
そう考えると、唯にありがとうと言いたい。
心地よいマッサージを受けながら考えた。
何とかして唯の成績を上げたい。
理花さんの重荷を軽くしたい…教師というより、男として彼女達のために役に立ちたい。
なんだかやる気が湧いてきた。
こんな気持ちは久しぶりだ…。
唯。必ず俺がなんとかしてやるからな。
* * *
その頃、清水家では…
ぶるぶるっ…。
「どした?」
「なんか急に寒気がした…。風邪ひいたかなぁ」
「大丈夫だ、なんとかは風邪なんかひかねえよ。
早く問題解け。一年生の最初のところだぞ。」
哲兄が定規でペシペシとノートを叩く。
「もうやだ。イケメンで優しい家庭教師だったらやる気出るのに。」
「俺も相当イケメンだぞ。贅沢言うな。」
(自分で言ってるよ。キモい。)
反論するのも面倒くさくなり、唯は鉛筆を持ち直して、問題を解き始めた。