無愛想教師の恋愛事情
週明けの月曜日。唯は1時限目の数学の授業のあと、一之瀬先生に声を掛けられた。

「清水。家で勉強はやってるのか?」

「はぁ。少しずつ…お兄ちゃんが教えてくれてます。」

「そうか。解らなくて困ってる時は、いつでも先生のところに来なさい。遠慮するな。」

「はい…。」

唯はジーっと先生の顔を見つめた。

「ん?なんだ?」

「いえ。何でもありません。」

先生は職員室に戻っていった。
おかしい。あり得ない。土曜日の夜、仕事から帰ってきたお姉ちゃんが変なことを話し出したのだ。

「一之瀬先生って、唯の話と全然違う、笑顔が優しい素敵な先生だよ。」

誰の話しをしているのかと耳を疑った。しかも、お姉ちゃんの店に先生が来たって!?何か企んでる?おかしい…
今も、声なんか掛けてきて。
唯は無意識に唸っていた。

「ゆいっ。大丈夫?一之瀬に何か怒られた?」

友達のひよりちゃんが心配そうに話し掛けてくる。

「いや、違う。もっとなんだか怖い感じ。」

「へ?」

* * *

時刻は夜の11時。眠いのに眠れない。

理花は一枚のプリントを眺めて、思い悩んでいた。
哲は学業は順調で全く問題ない。誰に似たのかしら。
プリントには、唯の期末試験の結果が印字されていた。

(はあっ…。夏休みに塾に行かせたほうがいいよね。本当に駄目だわ、このままでは。お父さんの保険のお金に手をつければ…。)

本当は使いたくない。私に何かあった時のことまで考えたら、お金は一円だって多いほうがいい。でも、このまま放置も出来ない。仕方ないよね…。

隣の部屋では哲が勉強している。
唯は、学校で疲れたのか私のそばで既に寝ている。いびきをかきながら。
唯の気持ちよさそうな寝顔を見たら、悩んでも仕方ない気がしてきた。私も寝よう…

布団に横になろうとした、その時。スマホに着信音が鳴る。見るとショートメールが届いていた。

《遅くに失礼します。一之瀬です。唯さんの件でお話があります。お電話可能な日時ありましたら教えて下さい。》

可能な日時…先生は今メールしてきたのだから、今で大丈夫なのよね?

私は非常識な時間だとも思いながら、でも早く内容を聞きたい気持ちに負けて、着信の番号に電話をかけた。

2回のコール音。先生に繋がる。

「こんばんは。清水です。こんな遅くに申し訳ありません。」

『こんばんは。逆です。こちらこそ不安になるメールをしてすみませんでした。』

ちょっと低くて、優しい先生の声。

「今なら先生も起きてるかと思って、つい電話してしまいました。」

『起きてますよ。理花さんも、まだ寝てないんですね?』

「寝ようと思ってたんですが…ちょうど唯のテスト結果を見ていたところで。眠れなくなってしまったんです…。」

情けないやら、恥ずかしいやら…

『話というのは、唯さんのことで私なりに何か協力出来ることがないかと考えまして。公私混同と言われたら困るのですが。』

「はい。?」

『もうすぐ夏休みで、私も比較的仕事が部活以外は自由がききます。唯さんは嫌かもしれませんが、私が個人的に苦手科目の指導をしようと考えています。どうでしょうか。』

「あ、ありがたいのですが…。いえ、先生の貴重なお時間を唯の為に潰すのは、やはり申し訳ないです…」

『それは違います。私が個人的にそうしたいんです。唯さんは、やれば出来る子です。夏休みに遊ぶか勉強するかで差が出来るのですから。やってみましょう。私も頑張った唯さんが見たいんです。』

気づいたら涙が頬を伝っていた。目の前の霧がぱあっと晴れる。なんだか一之瀬先生がいてくれたら、何もかも上手くいくような気がしてきた。

「先生…ありがとうございます。凄く嬉しい…」

『…泣いてるんですか?』

私は鼻をすすって、笑ってみせた。

「いいえ。先生、よろしくお願いします。私も唯と先生の為に頑張ります。先生、迷惑じゃなければ私の家で勉強見てあげて下さい。私も協力出来るし。いつでも先生のマッサージしてあげられる…あ、迷惑ですか?」

『いいえ。特別講師の報酬ということで、是非お願いしたい。冗談です。』

二人、電話越しで笑い合う。

「先生、遅いので、また後程お電話しますね。」

『いや、私こそ申し訳ない。ではまた。』

「おやすみなさい。」
『おやすみなさい。』

通話を切り、布団に潜り込む。なんだか胸が一杯で余計眠れそうにない。一之瀬先生は実は心細い我が家に遣わされた神様なんじゃないか…なんて考えているうちに、いつの間にか眠りについていた。

* * *

翌朝。 洗面台で、唯と哲がかち合う。

「哲兄、私が先だからね。」

朝から強気な妹だ。

「お前も可哀想だなあ……。」

「ん?何が?」

「いや。逆に幸せなのかもな。うん、こっちの話。
気にすんな。」

「?へんなの。」

この意味深な会話の意味を唯が理解するのは、案外すぐだった。
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